【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第156条【永貸借の設定】

永貸借ハ永貸借契約ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ設定スルコトヲ得ス其遺贈又ハ予約ニ付テハ第百十七条ノ規定ニ従フ*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

83 永貸借もまた一種の賃貸借で、普通の賃貸借と異なるのは、期間の長短と、当事者の権利・義務に違いがあるという点だけです。そのため、その設定原因などは異なるところがありません。普通の賃貸借は契約で設定するものとしたため、この永貸借もまた契約で設定するものとしなければなりません。つまり、本条は第117条と同一の規定をしたもので、別に説明することはありません。

 しかし、ここに1つ注意すべき点があります。本条は永貸借契約によってしなければ永貸借を設定することはできないと明言していますが、永貸借は必ずしも永貸借契約に基づくものではありません。その名前は普通の賃貸借でも、その期間が30年を超えるものは当然に永貸借となります。これは第125条が規定しています。そのため、契約の名前ではなく、その実体によって永貸借かどうかを判定しなければなりません。

 

*1:永貸借は、永貸借契約によってしなければ、これを設定することができない。永貸借の遺贈又は予約は、第117条の規定に従う。

財産編第155条【永貸借の存続期間】

第2節 永借権・地上権

第1款 永借権

 

1 永貸借トハ期間三十个年ヲ超ユル不動産ノ賃貸借ヲ謂フ*1

 

2 永貸借ハ五十个年ヲ超ユルコトヲ得ス此期間ヲ超ユル貸借ハ之ヲ五十个年ニ短縮ス*2

 

3 永貸借ハ常ニ之ヲ更新スルコトヲ得然レトモ其更新ノ時ヨリ五十个年ヲ超ユルコトヲ得ス*3

 

4 当事者カ永貸借契約ナルコトヲ明示シ其期間ヲ定メサルトキハ其貸借ハ四十个年ニシテ終了ス*4

 

5 本法実施以前ニ期間ヲ定メテ為シタル不動産ノ賃貸借ハ五十个年ヲ超ユルモノト雖モ其全期間有効ナリ*5

 

6 本法実施以前ニ期間ヲ定メスシテ為シタル荒蕪地又ハ未耕地ノ賃貸借及ヒ永小作ト称スル賃貸借ノ終了ノ時期及ヒ条件ハ日後特別法ヲ以テ之ヲ規定ス*6

 

【現行民法典対応規定】

本条2~4項

第278条 永小作権の存続期間は、20年以上50年以下とする。設定行為で50年より長い期間を定めたときであっても、その期間は、50年とする。

2 永小作権の設定は、更新することができる。ただし、その存続期間は、更新の時から50年を超えることができない。

3 設定行為で永小作権の存続期間を定めなかったときは、その期間は、別段の慣習がある場合を除き、30年とする。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

79 本条第1項は、まず永貸借を「永貸借トハ期間三十个年ヲ超ユル不動産ノ賃貸借ヲ謂フ」と定義しています。そのため、永貸借と普通の賃貸借とが異なるのは、永貸借の期間は30年以上でなければならないこと、設定の対象は不動産に限られること、この2点です。

 なぜ永貸借の期間は30年以上でなければならないのでしょうか。30年に満たない賃貸借は前節の規定に従わせても不都合はないでしょうが、30年以上にわたる賃貸借については、特に規定がなければ、当事者にとっては大いに不便・不利なものとなります。このように長い期間の賃貸借については、賃借人が自然利益を永遠に期する事業を起こすことを必要とする場合があり、そのためその権利の範囲が広大なものとなることを望み、他方、賃貸人にとっては、長くその所有者としての実権を行使することができないため、賃貸人として負うべき義務が重大なものとなることに耐えられず、なるべくこれを軽減したいと考えるのは当然です。この双方の希望は実に正当なものなので、民法はここに特例を設け、これにより各自の希望を叶えるようにするしかありません。普通の賃貸借のほかに永貸借を設けたのはこの趣旨によるもので、Aの期間を30年未満、Bの期間を30年以上と定めるのは、あえてそうしなければならない理由があってそうなったわけではありません。20年や40年をA・Bの区別の境界とすることもできるでしょうが、立法者は30年を境界とするのを適当として、このような規定を置いたわけです。

 なぜ永貸借の対象は不動産に限られるのでしょうか。賃貸借の期間が長いことを理由として特例を設けるのは、不動産の賃貸借についてだけです。民法では動産の賃貸借についてはその期間に制限が設けられていないので、当事者の合意で30年以上の期間を約することができますが、これもまた普通の賃貸借として前節の規定に従うほかありません。本節に規定されている条項は、動産の賃貸借には適用されません。言い換えれば、本節に規定されているような事項は、動産の賃貸借についても適用する必要がないものです。

 

80 永小作と称する日本古来の土地の賃貸借があります。この賃貸借は、その名称のように、永遠無期のものでした。ヨーロッパ諸国でもこれに類する一種の賃貸借があります。その名を「アンフ井テオーズ」といいます。「アンフ井テオーズ」とはギリシャ語で「播種」という意味です。この賃貸借はもともとギリシャで起こり、後に諸国に伝わったものです。その起源は、戦争によって略奪した未開の土地を賃貸し、賃借人に開墾・播種させるためにするものだったといわれています。この賃貸借は、永遠無期でほとんど所有権と変わりなく、賃借人はその土地に変更を加えることもできるものでした。

 日本の永小作の起源はよくわかりません。しかし、封建制度で土地の売買を認めなかったので、所有者がその土地を売る必要に迫られても、公然と売却することはできませんでした。そこで「永小作」の名を借り、実は売買を行っていたといわれています。そうだとすれば、所有者としての実権が永小作人に移ることは推して知るべしでしょう。ただ、維新の革命により封建制度が打破され、土地の売買が許されることとなったため、それ以後は設定した永小作は真に賃貸借の性質を有するものとなったわけです。

 民法では永貸借を認めていますが、旧来の永小作を認めていません。同じく「永」と称していますが、永小作は本当に永遠無期のもので、永貸借には超えてはならない限界――第2項「永貸借ハ五十个年ヲ超ユルコトヲ得ス」――があります。そのため、この永貸借は、普通の賃貸借と同じく、有期の賃貸借で30年以上50年以下のものとされています。

 このように民法で期間の最長期を限定したのは、1つは一般の経済上のため、もう1つは公義のためです。ここで永貸借を無期のものとすれば、所有者はただ虚名を有するだけで、子々孫々に至るまでその賃貸物を使用することができなくなるので、好き好んで改良することもないでしょうし、その賃貸物を他に売却しようとしても、永遠に義務を負わされる物を買い取る者はほとんどいないでしょうから、財産の流通に大きな障害を来すことになってしまいます。そのため、一般の経済上のために必ず期限を定めなければならないとしたわけです。次に公義の点からこれを見ると、不動産特に土地の価額は年とともに増加するのが普通ですが、その借賃は数十年前に定めたままで、依然として変更されないものとすると、賃貸人は相応の利益を得ることができません。これに対し、賃借人は不当の利益を得ることになり、これは公義に反する結果となります。こうした理由からしても、期限を定める必要があるというほかありません。日本民法の立法者が永貸借は50年を超えてはならないと定めたのは、実に当を得たものということができます。

 このように、一般経済上のため、公義のため、永貸借に期限を設けたわけなので、当事者はこれに違反することはできません。必ず30年以上50年以下の間でその期間を定めなければなりません。この公の秩序に関する規定に違反し、50年以上の期間を定めた場合には、その超過部分は無効です。「此期間ヲ超ユル貸借ハ之ヲ五十个年ニ短縮ス」とする第2項後段はこのことをと示すものです。50年までの貸借は適法なので、賃貸借を無効とすべきではありません。単に超過部分が不適法なだけで、この部分だけを無効とし、適法部分を有効とするのは、条理に照らして当然のことというべきです。

 民法は、永貸借の期間を限定し、50年を超えてはならないとしていますが、いわばこれは1個の永貸借契約について制限を設けているにすぎません。そのため、永貸借の終了に当たってさらに第2の永貸借を約することは当事者の自由です。ただし、この第2の永貸借についても民法の制限を守り、決して50年を超えることができません。これがまさに第3項が規定するところで、私はこの明文を設ける必要を感じないほどです。というのは、第2の永貸借つまり更新は、普通の賃貸借について既に説明したように、第1の賃貸借を継続するものではなく、全く新たな賃貸借を約するものなので、あたかも初めて賃貸借を約することと少しも異なるところがないからです。ただし、賃貸人と賃借人が前後同一なので、あるいは誤解が生じることを恐れて立法者が明文の規定を設けたのでしょうが、私はこれを立法者の老婆心による不必要なものだと評するしかありません。

 

81 普通の賃貸借では当事者がその期間を明示または黙示に示すことがあるのと同様に、永貸借でも当事者が単に永貸借契約だということを明示するにとどめ、特にその期間を定めないこともありえます。この場合には、当事者の意思は永貸借をすることにあるのは明白なので、その期間を定めなかったとしてもこれを普通の賃貸借とみなすべきではありません。第4項は、この場合を想定して、その賃貸借は40年で終了するものと定めたものです。永貸借は30年以上50年以下の期間としているので、その中をとってこのように規定したわけです。

 

82 以上説明したように、民法はいかなる場合でも永貸借の期間は50年を超えてはならないと規定していますが、民法実施以前の賃貸借については特に例外規定を設けています。この例外規定は2つあり、第5項に規定されているものと、第6項に規定されているものです。

 第1の例外 期間を定めた賃貸借はたとえ50年を超えて100年、200年の長きにわたるものでも、その全期間有効なものとしました。法律は既往に遡る効力を有しないことを原則とする(法例第2条)からですが、この原則は法律の適用上に関するもので、立法上遵守しなければならないものではありません。立法上では公益のために新法を既往に遡らせることはよくあることです。民法は公益のために永貸借の期間を50年に限定しましたが、既往の賃貸借期間がこれより長いものを50年に短縮させることができないわけではありません。しかし、既に合意により期間を定め、しかもそれは当時の法律に違反しないものなので、新法はその合意を尊重し全期間有効とするほうが、むしろ穏当というべきでしょう。その期間を数百年、数千年とするようなものは実際にはないでしょうが、長いものでも本条の制限をわずか数年あるいは数十年超えるにすぎないものでしょうし、しかも民法実施以前にそのうちいくらかは経過しているわけですから、そのように扱うのが妥当でしょう。これが第1の例外を設けた理由です。

 第1の例外 期間を定めなかった荒蕪地や未耕地の賃貸借、永小作と称する賃貸借に関するもの、この2種の賃貸借については民法の制限が適用されません。後に特別法でその終了時期や条件を規定することとしました。そのため、その特別法が制定されなければこれを知ることはできませんが、立法者の意思は、上の2種の賃貸借を永遠無期のものとしようとするところではなく、ある条件で終了させるところにあることは明白です。フランスでは、第1革命の際、永遠無期の「アンフ井テオーズ」が廃止され、借賃所得権買戻しの方法が規定されました。つまり、賃借人にその毎年の借賃の数倍の金額を賃貸人に支払わせ、そうして完全な所有権を賃借人に移転させることとしたわけです。日本の将来の立法がこの例を踏襲するかどうかはわかりません。

*1:永貸借とは、30年の期間を超える不動産の賃貸借をいう。

*2:永貸借は、50年を超えることができない。この期間を超える貸借は、これを50年に短縮するものとする。

*3:永貸借は、常にこれを更新することができる。ただし、更新の時から50年を超えることができない。

*4:当事者が永貸借契約であることを明示し、その期間を定めなかったときは、その貸借は40年で終了するものとする。

*5:この法律の施行前に期間を定めてした不動産の賃貸借は、50年を超えるものであっても、その全期間において有効であるものとする。

*6:この法律の施行前に期間を定めずにした荒蕪地又は未耕地の賃貸借及び永小作と称する賃貸借の終了の時期及び条件は、他の法律で定めるところによる。

財産編第154条【解除権の留保】

賃貸人カ賃貸物ヲ譲渡サントシ又ハ自己ノ為メ若クハ他ノ特別ナル原因ノ為メ之ヲ取戻サントスルトキハ期間ノ満了前ト雖モ賃貸借ヲ解除スルコトヲ得ル権能ヲ留保シタル場合又賃借人カ賃貸借ノ無用ト為ル可キ未定事故ヲ慮カリテ同一ノ権能ヲ留保シタル場合ニ於テハ前数条ニ定メタル時期ニ於テ各自予メ解約申入ヲ為スコトヲ要ス*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

 

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

78 本条は、期間の定めある賃貸借に関し、その期間が満了しない前に解約することができる特別の場合を規定したものです。

 まず賃貸人について見ると、賃貸人は賃貸借期間の満了前にその賃貸物を他人に譲渡することができるのは当然ですが、賃借権が付着している物、特に借賃が低く賃借期間が長い賃借権が付着している物は、譲受人を見つけるのが容易ではありません。やむをえずその譲渡をあきらめるか、非常に低額で譲渡することもあるでしょう。こうした不都合を避けるため、契約締結の時に期間満了前でも賃貸借を解除することができる権能を自分に留保しておくことがあります。例えば、賃貸借の期間を若干の年月としていても自分がこの賃借物を他人に譲渡しようとする場合には、いつでもこの契約を解除することができるとしておくのです。これを「解除権能の留保」といいます。

 譲渡のためだけでなく、自分に必要な場合が生じることを考慮し、その他特別な原因のためにいつでもその賃貸物を取り戻すことができる便宜を図って、賃貸借を解除することができる権能を留保することがあります。 

 以上の場合に、その予期していた事情が生じたときは、賃貸人は契約を解除し、賃貸物を賃借人の手から取り戻すことができます。しかし、取り戻すため、つまり賃借物返却のため賃借人にわずかの猶予も与えないとすれば、賃借人は大いに損害を受けることになります。そのため、賃借人にさらに賃借物を探し求める余裕を与えるために、第149条から第151条の規定を適用し、解約申入れと返却との間に多少の猶予期間を置くべきものとしたわけです。

 次に、賃借人の側でも、賃貸借が無用となるべき未定事故を考慮し、解除権能を留保しておくことがあります。例えば、判事のようにその意思に反して任地を変更されることがないために賃借期間を長く設定したものの、抜擢や転職により他に転任しなければならないことになるかもしれません。そのため、こうした未定事故を想定して特に解除権能を留保することがあります。この場合には、その事故が生じたときは、契約を解除することができます。ただし、この場合にも賃貸人に新たな賃借人を発見することができるように、前段の場合と同じく解約申入れと返却との間に多少の期間を置くべきこととしました。

*1:賃貸人が賃貸物を譲り渡そうとする場合、又は自己のため若しくは他の特別な原因のためにこれを取り戻そうとする場合には、期間の満了前であっても賃貸借を解除することができる。権能を留保した場合、又は賃借人が賃貸借が無用となるべき未定事故を考慮して同一の権能を留保した場合には、前数条に定めた時期において各自予め解約申入れをしなければならない。

財産編第153条【土地の収穫物の収去】

1 如何ナル場合ニ於テモ賃借人ノ権利ノ存スル一切ノ収穫物ヲ収去スル前ニ賃貸借ノ終了セシトキハ賃貸人又ハ新賃借人ハ前賃借人ノ之ヲ収去スルニ委ヌルコトヲ要ス*1

 

2 又賃借人ハ土地ノ収穫物ヲ収去シタル部分ニ於テ賃貸借ノ終了前ニ急要ノ作業ヲ為スコトヲ賃貸人又ハ新賃借人ニ許スコトヲ要ス但賃借人此カ為メ妨害ヲ受ク可キトキハ此限ニ在ラス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

76 合意は善意でこれを履行しなければならない(第330条)のが一般原則です。そのため、賃貸借の期間中に賃借人は賃借人が収益することを妨害してはなりません。もちろん、賃貸借が既に終了しても賃借人が権利を有する収穫物がなお存在する場合には、賃貸人は賃借人にこれを収去させることができますが、これを妨害することがあってはなりません。

 賃貸借が終了しても賃借人が権利を有する収穫物がなお存在する場面は、土地の賃貸借に見られます。例えば、その賃貸借の期間が満了しても気候不順のために果実の成熟が遅れたような場合や、74の最終段落に示した、主たる収穫季節が到来して賃貸借が解約されても付従する収穫物がなお残っているような場合です。これらの場合には、その賃貸借終了後も残っている収穫物はもともと賃借人が労力を費やした結果で、しかもこの収穫物があるために賃借人は借賃を払っていたわけです。そのため、その賃貸借が終了した後も残っている原因を問わず、賃借人がこれを収去する権利を有するのは当然のことです。

 こうした賃借人の権利は、賃貸人がこれを侵害してはなりません。もちろん賃貸人がさらにその土地を賃貸した場合には、新賃借人もこれを侵害してはなりません。民法は、新賃貸借が設定された場合を想定して、あえて「賃貸人又ハ新賃借人……」とし、前賃借人とこれらの者との関係を規定したわけです。

 

77 賃借人が既に土地の収穫物を収去してもその賃貸借が終了するまでになお若干の期間が残っているということはよくあることです。例えば、収穫物が早く成熟したような場合です。この場合には、賃借人はさらに種をまいてもその収穫をとうてい自己の利得とする望みはないので、むなしく土地をそのままにして賃貸借の終了を待つことになります。これは国家の経済上の損害だというべきでしょう。

 これを賃貸人の側から見ると、賃貸借がまだ終了していないにせよ数日たてばその賃借物は自らの手に戻ることは明白なのに、なお急要の作業もすることができないとすれば、やむを得ず時期を過ごし、そのために次期の収穫が減少するという不利を受けることになります。その作業により賃借人に損害を及ぼすおそれがあれば別ですが、少しも損害を及ぼすことがないのであれば、賃貸人に次期の収穫のために準備作業をさせてもよいとするのが妥当でしょう。厳格にいえば、賃借人は、賃借権を有する間はたとえ収穫物を収去したにせよ、賃貸人がその賃借地に手を触れることを拒絶する権利を有します。賃貸人はこれに触れてはならない義務を負います。そのため、賃貸人が作業をしようとしても、その求めに応ずべき義務はないといってもよいでしょう。しかし、賃貸借は1つの契約です。契約を締結した者の意思は互いに利益を得ようとするところにあるだけで、他に意思はありません。賃借人は既に収穫物を収去し、その予期した利益を得たわけなので、契約成立当時の意思は既に達成したものというべきでしょう。そのため、賃貸人が賃借人には用のない土地に急要の作業をしようとする場合には、賃借人はこれを拒むことはできず、合意は善意でこれを履行しなければならないという原則に従い、その求めに応じなければなりません。

 しかし、賃借人が賃貸人の請求に応じなければならないのは、収穫物を収去した場所で行うべき作業であること、その作業が急要なものであること、その作業のために賃借人が妨害されないこと、この3要件を具備する場合に限ります。この要件を1つでも欠く場合には、賃借人はその請求を拒絶することができます。

 民法は、新賃貸借が設定されることを想定し、第2項でも第1項と同様に新賃借人を賃貸人と同一の地位に置いています。これは双方で権利義務が異なるものとする理由がないからです。

*1:いかなる場合においても、賃借人の権利の存する一切の収穫物を収去する前に賃貸借が終了したときは、賃貸人又は新賃借人は、これを収去することを前賃借人に委ねなければならない。

*2:賃借人は、賃貸人又は新賃借人に対し、土地の収穫物を収去した部分において賃貸借の終了前に急要の作業をすることを認めなければならない。ただし、これにより賃借人が妨害を受けるべきときは、この限りでない。

財産編第152条【解約申入れ・返却の時期について慣習がある場合】

解約申入及ヒ返却ノ時期ニ関スル前数条ノ規定ハ其時期ニ付キ地方ノ慣習ナキトキニ非サレハ之ヲ適用セス*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

 

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

75 解約申入れと賃借物返却の時期について、民法では前の数か条に一般規定が置かれていますが、この法定の時期が各地方の慣習で定まる時期と異なる場合があります。この時期を公益に関するものとするならば、法律の力で反対の慣習を打破しなければなりませんが、既に前の数か条のところで説明したように、この時期は当事者双方の利害を考慮して規定したにすぎないものなので、当事者がその地方の慣習に従うことを妨げたり、強いて民法の規定に従わせたりする必要はなく、そうさせる理由もありません。かえってその地方の慣習に従わせることが当事者双方の利益になることもあるでしょう。これが、本条が地方の慣習がある場合には前の数か条の規定を適用しないと規定した理由です。

*1:解約申入れ及び返却の時期に関する前数条の規定は、その時期について地方の慣習があるときは、これを適用しない。

財産編第151条【耕地等の賃貸借の終了】

土地ノ賃貸借ニシテ期間ヲ定メサルモノ又ハ期間ヲ定メタルモ黙示ノ更新アリタルモノハ耕地ニ付テハ主タル収穫季節ヨリ六个月前又不耕地其他牧場、樹林ニ付テハ返却セシム可キ時期ヨリ一个年前ニ解約申入ヲ為スニ因リテ終了ス*1

 

【現行民法典対応規定】

617条2項 収穫の季節がある土地の賃貸借については、その季節の後次の耕作に着手する前に、解約の申入れをしなければならない。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

74 本条は、土地の賃貸借で期間を定めない場合や、期間を定めていても第147条により黙示の更新があった場合に、その終了すべき時期を定めたものです。

 ここで本条の規定と前の数か条の建物に関する規定を対照すると、これらには2つの差異があることがわかります。

 第1の差異 建物については解約申入れより返却までの時間は長くとも3か月に過ぎません。これに対し、土地については6か月または1年の長期にわたることが必要です。このように賃貸借終了の時期に長短があるものは他にはありません。建物については、賃借人は他に類似の建物を発見することはそう難しくはないでしょうし、賃貸人もまた新たな賃借人を発見することは容易でしょうが、土地についてはその状況がまったくこれとは異なるという理由によるものです。

 第2の差異 建物については解約申入れはいつでもこれをすることができますが、土地については、耕地と不耕地とを区別し、不耕地は建物の場合と同様にいつでも解約申入れをすることができるとしていますが、耕地はその主たる収穫季節から6か月前でなければ解約申入れをすることができないものとしました。当事者双方の意思は、賃借人が自ら播種鋤耘した収穫は賃借人がこれを得るということにあると推知すべきなので、耕地については特例を設け、いずれの場合でも賃借人がその収穫を得られずに退去するという不利を受けることがないようにしたわけです。

 そのため、例えば米田については、毎年の収穫季節が11月であれば5月中に解約申入れをすることが必要です。3月、4月にその申入れをして、9月、10月に返却しようとしても、法律はこれを認めません。

 耕地での収穫が年に2回以上に及ぶ場合、例えば最初は麦作をし、後に蔬菜を育てる場合には、その中のいずれの収穫季節についてこの6か月の猶予期間を計算すべきでしょうか。各収穫について計算するとすれば、解約申入れをする時期がないことになります。そのため、法律は「主たる」収穫時期から6か月前であれば有効に解約申入れをすることができるものとしました。つまり、前例の場合では、蔬菜はいわゆる間作で主たる収穫ではないので、それがまだ収穫時期に達していなくとも、麦の収穫が終わり、その6か月前に解約申入れがなされている場合には、その土地を返却させることができます。

*1:土地の賃貸借で期間を定めないもの、又は期間を定めたものであっても黙示の更新があったものは、耕地については主たる収穫季節より6箇月前、不耕地その他牧場、樹林については返却すべき時期より1年前に、解約申入れをすることによって終了する。

財産編第150条【家具が付属している建物の賃貸借の終了】

1 家具ノ付キタル建物ノ賃貸借ニ付キ黙示ノ更新アリタルトキハ解約申入ヨリ返却マテノ時間ハ左ノ如シ

第一 前賃貸借ノ期間ヲ三个月又ハ其以上ニ定メタルトキハ一个月

第二 三个月未満ノ賃貸借ニ付テハ原期間ノ三分一

第三 日日ノ賃貸借ニ付テハ二十四時*1

 

2 右規定ハ黙示ノ更新後ノ動産ノ賃貸借ニ付テモ亦之ヲ適用ス*2

 

3 賃貸セシ建物ニ備ヘタル動産又ハ用方ニ因ル不動産ト看做ス可キ動産ノ賃貸借ハ其建物ノ賃貸借ノ終了スルニ非サレハ終了セス*3

 

【現行民法典対応規定】

なし 

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

72 本条は、家具が付いている建物・動産の賃貸借で黙示の更新があった場合について規定するものです。

 家具の付いている建物や動産の賃貸借で期間が明示されている場合に、その期間が満了した後、賃借人がなお収益し、賃貸人が異議を留めずに黙示の更新があったときは、もはやその期間を推定すべき根拠がなくなりますので、その賃貸借が終了すべき時期を定めなければなりません。本条は、この場合について前条の場合と同じくいつでも解約を申し入れ、これにより賃貸借を終了させることができるとしたものです。

 しかし、家具の付いた建物の賃貸借は、永住目的によるものではありません。動産だけの賃貸借もまた一時的に利用するためになされるものにすぎません。そのため、解約申入れより返却までの間に多くの日数を与えずとも、賃貸人がさらに賃借人を探し求めることに、また賃借人がさらに同様の賃借物を探し求めることに、大変な不便を生ずることはないでしょう。そこで、この猶予期間を24時以上1か月以下と定めたわけです。

 

73 動産だけの賃貸借では、その猶予期間が短くとも決して不都合を生ずることはありませんが、建物とともに賃貸借した動産、つまりその建物に備え付けた動産や用法による不動産とみなすべき動産(第9条)については、その賃貸借の終了は、主たる建物の賃貸借の終了と同時にしなければなりません。建物の賃貸借がまだ終了していないのにこの動産を返却させようとするのは、事実上無理があるだけでなく、返却を強いても双方に利益なく、かえって大きな不都合が生じることでしょう。そのため、この動産の賃貸借は、建物の賃貸借が終了するのでなければ、終了することはないと定めたわけです。

*1:1 家具が付属している建物の賃貸借において、黙示の更新があったときは、解約の申入れより返却までの期間は、次の各号の定めるところによる。

 一 前の賃貸借の期間を3か月又はそれ以上に定めたとき 1箇月

 二 3か月未満の賃貸借 原期間の3分の1

 三 日々の賃貸借 24時

*2:前項の規定は、黙示の更新後の動産の賃貸借についても適用する。

*3:賃貸した建物に備え付けた動産又は用法による不動産とみなすべき動産の賃貸借は、その建物の賃貸借が終了するのでなければ、終了しない。