【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第117条【賃借権の設定】

第1款 賃借権の設定

 

1 賃借権ハ賃貸借契約ヲ以テ之ヲ設定ス*1

 

2 賃借権ヲ遺贈シタル場合ニ於テハ相続人ハ遺言書ニ記載シタル項目及ヒ条件ニ従ヒテ受遺者ト賃貸借契約ヲ取結フコトヲ要ス*2

 

3 賃借権ヲ予約シタル場合ニ於テモ諾約者ハ要約者ト賃貸借契約ヲ取結フコトヲ要ス*3

 

【現行民法典対応規定】

601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

 賃借権を設定する唯一の方法は契約です。契約は双方の意思の合致により成立します。なぜこの合致がなければ賃借権を設定することができないのでしょうか。用益権・使用権は法律で設定されることがあります。また、遺言で設定することもできます。これに対し、賃借権だけが契約でなければ設定できないとされているのは、賃借権の設定が必ず有償でなされることと関係しているからです。

 仮に法律で所有権がある親族らのために賃借権を設定する場合があるとしましょう。法律は必ずその賃料の額を定めなければなりません。この額はもともと双方が合意して定めたものではありません。そのため、賃借人は高すぎる、賃貸人は安すぎるとして、ともに満足しないことになるでしょう。双方がその額に我慢するというのは条理に適するとはいえないでしょう。そのため、賃借権については法律により設定すべきではないのです。また、法律により設定すべき必要がないので、用益権のように法律上設定すべきものがあることを予想せず、規定もなされていないのです。

 遺言についてもそうです。これによって賃借権を設定できるとすることはできません。ただし、この場合には相続人がその被相続人の意思を承継し、その義務を尽くすべきなので、受遺者が賃借人となることを望むのなら、相続人に対し遺言を履行して賃貸借の契約を締結することを求めることができるとするのが相当です。これが第2項の規定を設けた理由です。

 遺言で賃借権を贈与するとしても、直ちにこれにより賃借権が設定されることはありません。ただ前述のように受遺者に契約締結の請求権を与えるだけです。つまり、物権を生ずるのではなく、相続人に対する1つの人権が生ずるにすぎません。そのため、その契約締結に先立って相続人がその物を他人に譲渡したなどの場合には、受遺者は譲受人に対して何らの権利も有さず、ただ相続人に対し賠償を請求する道があるだけです。

 

 第3項は、賃借権を予約した場合を想定して規定されたものです。

 予約とは、真実に賃貸借契約をしたのではなく、後日その契約を締結すべきことを約したものです。そのため、この予約によって賃借権を生ずることはなく、ただ一方よりその契約の締結を要求する人権を生ずるにすぎません。

 要約者とは締結の合意を申し込む者で、あなたの土地を自分に賃貸せよと申し込む者が要約者です。その申込みに応じ、自分の土地をあなたに賃貸すると受諾する者が諾約者です。本条では、賃貸借契約締結の予約を申し込む者、それを承諾する者を指します。

 この予約により人権が生ずるので、要約者はこの権利を諾約者に迫り、予約のように契約を締結させることができ、諾約者はこれに応じなければならない義務があります。諾約者がこれに応じない場合にはどうなるでしょうか。本条ははっきりと「賃貸借契約を締結し『なければならない』」と定めていますので、裁判所は諾約者がこれを拒んでもその契約は成立したと判決することができます。このように判決し、これを執行させても、諾約者の身体上の自由を害するおとはありません。財産取得編第27条第28条などの売買に関する規定に照らしても、このように判決するのが妥当です。

 本条第2項の賃借権の遺贈についても、相続人はその契約を締結することを拒む場合には、同じく裁判所の権力によりその契約を成立させるべきです。法律がそれを締結し「なければならない」とするからです。

*1:賃借権は、賃貸借契約によってこれを設定する。

*2:賃借権を遺贈した場合においては、相続人は、遺言書に記載した項目及び条件に従い、受遺者と賃貸借契約を締結しなければならない。

*3:賃借権を予約した場合においても、諾約者は要約者と賃貸借契約を締結しなければならない。