【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第134条【賃借権の譲渡・転貸】

1 賃借人ハ賃貸借ノ期間ヲ超エサルニ於テハ其賃借権ヲ無償若クハ有償ニテ譲渡シ又ハ其賃借物ヲ転貸スルコトヲ得但反対ノ慣習又ハ合意アルトキハ此限ニ在ラス*1

 

2 賃借人ハ譲渡ノ場合ニ於テハ贈与者又ハ売主ノ権利ヲ有シ転貸ノ場合ニ於テハ賃貸人ノ権利ヲ有ス*2

 

3 右孰レノ場合ニ於テモ賃借人ハ賃貸人ニ対シテ其義務ヲ免カルルコトヲ得ス但賃貸人カ転借人ト更改ヲ為シタルトキハ此限ニ在ラス*3

 

4 果実又ハ産出物ノ一分ヲ以テ借賃ト為シ金銭ヲ以テ之ニ代フルコトヲ許ササルトキハ賃借権ノ譲渡又ハ転貸ハ賃貸人ノ承諾アルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス*4

 

【現行民法典対応規定】

本条1項

612条1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

本条2・3項

613条1項 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と賃借人との間の賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

37 本条は、ある例外の場合を除くほか、賃借人がその賃借権を譲渡・転貸する権利を有すること、この権利を行使した場合に賃貸人・譲受人・転借人はどのような関係になるかを規定したものです。

 そもそも権利は、物権・人権を問わず、その権利が属する者がこれを自由に処分することができるのが原則です。そのため、法律上特に禁止された場合を除き、その者がこれを他人に譲渡することも当然妨げありません。ここでこの賃借権についてこれを見ると、この権利はその使用権・住居権のように個人の一身に付着するものではなく、賃貸人は賃料を収得し、賃借人はその物を使用・収益することを目的として契約を締結したもので、賃貸人は賃借人の一身上に着目したものではないことは明らかです。これが本条が賃借人に譲渡・転貸の権利があることを認めた理由で、条理上当然のことです。

 しかし、賃貸人は特に賃借人の一身上に着目し、これにより賃貸をすることもあります。この場合には、合意で賃借人のその権利を他人に譲渡・転貸することを禁ずることにより、賃借人は当然にその合意された義務を遵守しなければなりません。また、その合意がなくとも、地方の慣習がその権利の譲渡・転貸を許さない場合には、当事者の意思はこの慣習に従うものと推定すべきなので、上とは反対に、特に譲渡・転貸を許すとの合意があるのでなければ、賃借人はこの慣習に従わなければなりません。

 この場合のほか、賃借人がその権利と譲渡・転貸することができるときでも、自分の有するほかの権利を第三者に移転することはできないので、その賃貸借の期間は前に定めたところによらなければなりません。法文に「賃貸借の期間を超えない範囲内においては」とあるのは、このことを明らかにしたものです。

 

38 賃借権の譲渡には無償の場合と有償の場合とがあります。無償の譲渡は贈与にほかならないので、この場合には賃借人が贈与者の権利を有すべきことは当然です。有償の譲渡は交換等によるものもあるでしょうが、多くは売却でしょう。この場合には、賃借人が売主の権利を有すべきことは当然です。

 転貸は賃借人の権利全体を第三者に移転するのではなく、賃借物に第2の賃借権を設定するものなので、賃借人はこの第2の賃借人に対しては賃貸人の地位に立つものというべきです。そのため、賃貸人の権利を有すべきことは当然です。

 こうした理由から、法律は賃借人に贈与者・売主・賃貸人としての権利があることを認めていますが、そのために賃借人の賃貸主つまり所有者に対する義務を免れることはありません。自分の有する権利は自由にこれを処分することができますが、他人に対する義務は自分の行為で自由にこれを免れることはできないからです。賃貸人が第三者と更改をした場合には、賃借人の義務は消滅します。この更改については、第489条以下に規定されていますので、そちらを参照してください。

 

39 賃借人がその権利を譲渡した場合には、譲受人に対して権利を有するだけで、賃貸人に対しては何らの権利も有しません。その権利は譲受人に移転したからです。そのため、賃借人と賃貸人との関係については、賃借人は賃貸人に対し依然として従来の義務を有し、賃料を支払わなければなりませんが、これに対して何らの権利も行使することはできません。

 では、賃貸人と譲受人との関係はどうでしょうか。日本民法は賃借権を物権の1つとし、物権は誰に対しても対抗することができるので、この権利の譲受人は賃貸人に対してこれを行使することができるのは当然です。しかし、賃借権は物権であると同時に人権でもあるので、その物について使用・収益するのは物権の作用ですが、修繕を賃貸人に求めるようなことは人権の作用にすぎません。つまり、賃貸人に対抗することができるのはAにとどまり、Bは債権の移転に関する一般の規定(第347条以下)に従い、その方式を尽くさなければなりません。この方式を尽くした以上は、譲受人は賃貸人の債権者となり、賃貸人はその債務者となります。

 そのため、譲受人は賃貸人に対して直接訴権を有し、大小の修繕を請求することができ、物の引渡し前に権利を譲り受けた場合には、その用法に従って一切の修繕をすることを請求する権利を有します。このほか第三者から妨害を受けた場合には、賃貸人に担保や賠償を請求することができます。要するに、譲渡人である前の賃借人の有する権利を直接に賃貸人に対して行使することができるわけです。

 賃貸人は譲受人に対して直接訴権を有するのでしょうか。フランスの学者の中でも、「ヂュヴエルジエ」、「オーブリ」、「ヒロー」は、賃貸人にこの権利があるとし、判決例もまたこれを認めているようです。この考え方によれば、譲渡人である賃借人が賃料を支払わない場合には、賃貸人は譲受人に対して直接にその賃料を請求することができることになります。賃料の請求は賃貸人の有する権利の中で最も主要なものなので、賃貸人に直接訴権があるとする以上は、この結果が生ずることを認めなければなりません。

 譲受人は、賃借人の賃貸人に対する権利を譲り受けたもので、その義務を譲り受けたわけではありません。そのため、賃借人はその有する権利を譲渡しても、その義務を免れることはできません。依然として賃貸人に対してこれを履行しなければならないと定められています(本条第3項)。賃貸人に直接訴権があると説くのは、この論理と相容れないもので、義務もまた権利とともに譲渡したというのと同じです。私はこれには賛同することはできません。

 しかし、債権者がその債務者に属する訴権を行使することができるのは、一般の通則です(第339条)。そのため、賃貸人は賃借人が譲受人に対して有する訴権を行使することができます。この訴権は直接訴権ではなく間接訴権です。この間接訴権を行使することができる場合はどうなるかということを考えると、無償譲渡の場合には、譲渡人つまり贈与者は、その贈与の性質や合意により受贈者が贈与者の債務を弁済する義務を負うときに、その弁済を求め、またある原因によりその贈与を廃罷するほか何らの権利も有しません。前掲の権利は、賃貸人が贈与者に代わって行使してもそれによって自分の利益になることはなく、また性質上代わって行使すべきものでもないので、賃貸人は無償譲渡の場合には間接訴権も有しないものと断言することができます。

 有償譲渡の場合つまり売買の場合には、譲受人である買主が既にその代価を支払った以上は、譲渡人である売主はその請求をすることはできません。そのため、賃貸人が間接訴権を有することはありません。ただし、買主がまだ代価を支払っていない場合や、年賦・月賦等でこれを支払う合意がある場合には、売主に請求権があるので、賃貸人は売主に代わって訴権を行使することができます。

 

40 転貸は、賃借権を移転するものではなく、賃借物に新たに第2の賃借権を設定するものだということは、先に既にこれを説明しました。このような性質を有するので、新賃借権は必ずしも旧賃借権と条件を同じくする必要はありません。ただ「ポチエー」が述べるように、賃借人はその有する権利よりも広い権利を転借人に与えることができないだけです。そのため新賃借権の及ぶ範囲は旧賃借権の程度を超えることができないだけで、その範囲内では全部に及ぶとすることも一部に限るとすることもできます。このほか期間も旧賃借権の期間内で適宜これを定めることができ、その増減などもすべて賃借人と転借人との間で自由に合意することができます。

そのため、転貸の場合には、同一物に2個の賃借権が設定されても、その2個の賃借権は相互に関係を有することなく、第1の賃借人が、第1の賃貸人と第2の賃借人との間に介在するまでで、第1の賃貸人と第2の賃借人との間には権利・義務の関係はありません。つまり、合意は当事者とその承継人の間でなければ効力を有しません。第三者に利益を与えず害も与えずという原則をここに適用すべきです。ただし、間接訴権は当然に一般の規則に関係するので、転貸の場合にもこれを行使することは妨げありません。

 

41 本条第4項は、賃借権の譲渡・転貸をするについて賃貸人の承諾を必要とする場合を規定しています。その場合とは、果実・産出物の一部を賃料とし、金銭をこれに代えることが認められない場合です。

 なぜこの場合には賃貸人の承諾が必要なのでしょうか。果実・産出物の一部を賃料とした場合には、その賃料の実額を毎年の同一物の一部とした場合には、その賃料の実額が毎年同じであることは期待できません。今年は100石の収益があっても、翌年は80石に減ることも、120石に増えることもあるでしょう。10分の7を賃借人の利得とし、10分の3を賃貸人の利得とする合意があれば、100石の収益がある場合には賃料は30石となり、80石の収益にとどまる場合には賃料は24石に減り、120石の収益がある場合には36石の賃料になります。このように、浮沈高低があるのは明らかにもかかわらず、こうした合意をしたのは、賃貸人が、賃借人が巧みに耕作をし業務に勉励するというその誠実さを信じ、その者の一身に着目したからだということは容易に推測できるでしょう。こうした場合は、賃貸人と賃借人が1つの会社を組織したのとほとんど変わるところがありません。そのため、賃借人が、賃貸人の承諾を待たずに、自由にその賃借権を他人に譲渡・転貸することができるとすれば、賃貸人はそのため当初の目的に違い、大いに損害を受けることになるでしょう。その得るべき賃料は、譲受人・転借人が実際に収得した果実・産出物の割合に応じて算定されなければならないので、譲受人・転貸人が耕作が巧みでなく業務に勉励しない場合には、自然とその収納が減少することになり、それによってその割合に応じた果実・産出物の額が減ることになってしまうからです。先の例のように、賃借人が自ら耕作する場合には、その収益が80石以上120石の間で賃料も24石以下になることがなくても、譲渡・転貸により収益が80石に届かず、40〜50石と少なくなってしまった場合には、賃料は以前の半額にも達しないこととなり、賃貸人の損害は非常に多くなってしまいます。これが、その承諾がなければ譲渡・転貸することができないと規定した理由です。

 法律の趣旨はこのようなものなので、金銭を賃料とせず、果実・産出物でこれを定めた場合でも、その数量を一定、例えば毎年米100石の賃料と定めた場合には、賃借人は自由に譲渡・転貸することができます。その賃料は収益の多寡によって増減せずはじめから一定しているので、譲渡・転貸があっても、賃貸人がそれにより損害を受けることがないのは当然だからです。

*1:賃借人は、賃貸借の期間を超えない範囲内において、その賃借権を無償若しくは有償で譲渡し又はその賃借物を転貸することができる。ただし、反対の慣習又は合意があるときは、この限りでない。

*2:賃借人は、賃借権の譲渡の場合においては、贈与者又は売主の権利を有し、転貸の場合においては、賃貸人の権利を有する。

*3:前2項の場合においても、賃借人は、賃貸人に対して、その義務を免かれることができない。ただし、賃貸人が転借人と更改をしたときは、この限りでない。

*4:果実又は産出物の一部を賃料とし、これを金銭に代えることを許さないときは、賃借権の譲渡又は転貸は、賃貸人の承諾がなければ、これをすることができない。