【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第2条【物権の定義・種類】

1 物権ハ直チニ物ノ上ニ行ハレ且総テノ人ニ対抗スルコトヲ得へキモノニシテ主タル有リ従タル有リ*1

 

2 主タル物権ハ之ヲ左ニ掲ク
第一 完全又ハ虧欠ノ所有権
第二 用益権、使用権及ヒ住居権
第三 賃借権、永借権及ヒ地上権
第四 占有権*2

 

3 従タル物権ハ之ヲ左ニ掲ク
第一 地役権
第二 留置権
第三 動産質権
第四 不動産質権
第五 先取特権
第六 抵当権*3

 

4 右地役権ハ所有権ノ従タル物権ニシテ留置権以下ハ人権ノ担保ヲ為ス従タル物権ナリ*4

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

 一般に、権利があれば必ずその目的とする事物があります。権利と目的事物とが一体となってはじめて我々に福祉を与え、その権利に財産という名を与えることができることは、既に第1条で述べました。そのため、物権・人権いずれにも目的事物があります。ただ、物権と人権とでは、その目的事物と一体となるということに、直接と間接との区別があります。

 物権・人権の区別は、次の第3条の説明と対照することで自ずと明らかになってきます。この点、注意してください。

 物権とは、例えば自分がある土地を所有するように、自分がその土地につき直接利益を得ることができる権利をいいます。自分がその土地から利益を得ることには、他人が中間に介在して自分を助けてくれることを必要としません。自分の権利はその土地に直接に行使されます。これを「権利と目的物とが直接に一体となる」といいます。

 一部の学説では、この権利を「絶対権」といいます。「対する人」がいないという意味です。民法ではこれを「物権」といいます。これは「物に直接行使される権利」を略したものです。

 本条第1項の「すべての人に対抗することができる」とは、「物権は誰であってもこれを侵すことができない」という意味です。例えば、自分がある土地に所有権(物権)を有する場合には、他人が自分の所有権行使を妨害することはできません。これを妨害する者がある場合には、それが誰かにかかわらず、自分は自分の所有権でこれに抵抗することができます。対抗とは「向け付ける」という意味です。これが法文の趣旨です。しかし、「対抗」についてはいろいろな説があります。これについては第3条の論説(略)で取り上げます。

 

6 第3条については後に説明しますが、物権と人権の区別を明らかにするには、ここで人権の概要を述べておくほうがみなさんにとっては便利でしょう。そのため、第3条の説明に先立ってここで説明しておきます。

 人権とは、例えば、自分がある人に対し自分のために家屋を築造させる権利を有するような場合をいいます。この権利の目的物は家屋です。自分の権利と家屋とが一体となった場合、つまり自分がこの家屋を所有するに至った場合にはじめて自分がその利益を得ることができます。自分の権利と家屋とが一体となるには、中間に介在するある人が家屋を築造することが必要になります。そのため、自分の権利は直接家屋に行使されず、ただある人に対して家屋を築造することを求める権利であるにとどまります。これを「権利と目的物とが間接的に一体となる」といいます。民法ではこの権利を「人権」といいます。人に対して行われる権利という意味だからです。

 

7 別の例で物権と人権の区別を説明しましょう。

 自分が権利を有し、これを根拠として利益を得るのに、自分に利益を得させるものが事物であることもあれば、人であることもあります。例えば、家屋の所有権を有する場合には、自分はその家屋に住んで雨露を避けるという利益を得ることができます。この場合には、自分に利益を得させているのは家屋です。そのため、家屋は自分の権利に対する義務者だといえます。また、例えばある人が自分に対して田に水を引くことを約した場合には、自分はその者の労力により自分の田の稲を実らせるという利益を得ることができます。この場合には、自分に利益を得させているのは人です。前者の例では物から利益を得るのでこれを「物権」といい、後者の例では人から利益を得るのでこれを「人権」というのです。


 物権と人権を区別することには大きな利益があります。この2つの権利は、その効用を同じくするものではないので、これに関する規定も異なるものとするしかありません。この2つの権利をはっきりと区別した法律は、西洋でもその例は多くありません。このようにこれを区別すると、法律を取り扱う者にとっては大いに便利です。この点が日本民法が改良されているところです。

 物権と人権の主たる違いを示すと、物権には追及・優先・不可分という特徴がありますが、人権にはこれがありません。これらの区別は、物権と人権の性質を理由とするもので非常に重要です。その概要を以下で説明しましょう。

 ① 追及権 例えば、自分の債務者が債務の担保として自分に抵当を入れるような場合には、自分は本条にいう抵当権を有します。債務者が債務を弁済しない場合には、たとえ債務者が抵当物を他人に譲渡したとしても、自分はこれを追いかけてその譲受人に公売させることを請求し、その代金で債務を弁済させることができます。これを「追及権」といいます。これに対し、自分が抵当権を有しない債務者である場合には、自分の権利は人権だけなので、債務者がその財産をすべて他人に譲渡したとしても、自分はこれを追いかけて譲受人に弁済させる権利を有しません(抵当の章参照)。

 ② 優先権 例えば、質物の担保を有する債務者は、本条にいう質権を有します。債務者が債務を弁済せず、かつ債務者に対する他の債権者が多く存在し、その資力が尽きてもなお負債をすべて弁済することができない場合でも、質権者は質物を公売させ、その代金を他の債権者に先んじて自己の債権に充当させることができます。これを「優先権」といいます。他の無担保債権者はその残余があればその分配を受けることができるにとどまります。これに対し、自分が債務者に対し質権を有しない場合には、自分の権利は人権だけで、他の債権者とともに債務者の財産の分配を受ける権利を有するにとどまります。また、抵当権については、同一物を順次に数人に抵当とした場合には、日付の順序に従って最先順位の者が抵当の全権を有します。これもまた「優先権」です(動産・不動産の章参照)。

 ③ 不可分権 例えば、自分が債務者に対して抵当権や質権の類を有する場合には、債務者が死亡して相続人が多くいたとしても、自分の債権は分割されることはありません。抵当物や質物を有する1人に債務を弁済させることができます。これを「不可分権」といいます。この物権がない場合には単純な人権で、相続法により自分の債権が数個に分割されることがあります。

 

 物権には、「主たるもの」「従たるもの」があります。さらに、「完全なもの」「不完全なもの」があります。また、物権の数には限度があります。これを以下で説明します。

 

10 ① 「主たる物権」とは、他の権利に付属せず、独立して行使されるという意味です。本条第1号の完全所有権から第4号占有権までの各種の権利は、すべて「主たる物権」です。これらの権利は他の権利に付属しません。その権利者に直接利益を得させるものだからです。こうした権利については、以下の完全と不完全との区別を説明する際に詳しく説明します。


11 ② 「従たる物権」とは、他の権利に付属するという意味です。本条の留置権以下はすべて「従たる物権」で、担保編に詳細な規定が置かれています。ここではその概要を説明しておきます。

 留置権とは、例えば、売買契約で買主が代金弁済の義務を履行しない場合には、売主は売り渡す物を引き渡さず、これを自分のほうに留め置くことができるというものです。この留置権は、代金を要求するという人権に付属する従権です。買主が代金を弁済しない場合には、売主はその者を公売して代金の弁済を求めることができます。そのため、この権利は直接に売渡物に行使される物権です(担保編第92条参照)。

 動産質権・不動産質権とは、金銭の貸主が担保として動産・不動産を質に取る場合に生ずるものです。貸金の返済を要求するという人権に付属する従権です。貸主が返済しない場合には、貸主は質物を公売して貸金の返済を求めることができます。これが質権で、この権利は直接に質物に行使される物権です。動産と不動産とで質権を区別するのは、両方の権利についてはその規定が異なるからです(担保編第97条第116条参照)。

 先取特権とは、ある債権者がその債権の原因に基づき、他の債権者に先立って債務者の財産から自分に弁済させる権利です。先取特権には種々の区別があります。ここでその1つを例として挙げると、例えば運送営業人が旅客や荷物の運送をした場合には、その運送物を引き当てとし、運送賃の弁済を得ることができない場合には、運送物を売却して他の債権者に先立って自分に支払わせる権利です。この権利は運送賃を請求するという人権に付属する従権で、かつ直接に債務者の財産に行使される物権です(担保編第160条参照)。

 抵当権とは、金銭の貸主が担保として不動産を書入抵当とすることにより生ずるものです。貸金を返済することを請求する人権に付属する従権です。借主が返済しない場合には、貸主は抵当物を公売し、その代金を返済させる権利を有します。そのため、この権利は直接に抵当物に行使される物権です(担保編第195条以下参照)。

 地役権とは、ある土地や家屋の所有者が、法律や合意により、ある土地や家屋に有する権利です。例えば、A地の所有者が自己の土地の泉水をB地経由で流出させる権利です(第224条参照)。ほかにも、例えばある家屋の所有者が隣家に対しある窓を作るのを禁ずる権利もこれに当たります(第258条参照)。この権利もまた土地や家屋に直接に行使されるものです。そのため、これは物権です。

 本条の最後で、これらは「所有権の従」であるとされています。Aの土地や家屋を有する者が、Bの土地や家屋に行使する権利なので、これを「所有権の従」としたのです。私はこの説は穏当だと考えています。以下の地役の章でこれを論じることにします。

 従権はその付属する主権の運命に従うのが通則です。これが権利を主・従に区別する理由です。


12 ③ 例えば自分がある物を任意に使用・収益・処分し、他人がこの物に関係することを禁止することができる場合には、自分はこの物について全権を有していることになります。これを「完全な物権」といいます。完全無欠な物権は所有権だけです。その他の物権には多少不完全な部分があります。そして、その多くは所有権の支分権です。そのため、まず所有権を分析して説明しなければ、完全と不完全との区別を知ることは困難です(占有権については以下で説明します)。

 所有権の中に含まれる効用を詳細に説明しようとすると、多岐にわたります。例えば、物そのものを使用するのは使用権です。物から産出する利益を得るのは収益権です。これを売却・放棄・毀滅するのは処分権です。このほか、物を賃貸し、質入れ・抵当とするなどといったことは、主権・従権の項目の中に定められています。1人がこれらの権利をすべて有している場合には、これを「完全所有権」といいます(以下の所有権の章で詳しく説明します)。その中の1つや数個だけを有する場合には、これを「不完全所有権」といいます。つまり、以下のようなものです。

 

13 ④ 不完全物権とは、例えば、自分の所有権の中から用益権・抵当権の類を他人に与えるような場合をいいます。自分のところに残る権利は完全所有権ではなく、そのいくぶんかを失ったものです。そのため、これを「不完全権」といいます。そのほか、主たる物権の第2号・第3号、従たる物権の第1号以下は、すべて不完全物権です。

 用益権とは、所有権のところで述べた使用権と収益権を合わせて称したものの名称です。使用権とは、物を使用するだけの権利で、土地を耕作して収穫するようなことはこの権利の中には含まれません。住居権とは、家屋に住居するだけの権利です。そのため、これを「不完全権」といいます。

 以上3つの権利については、以下の用益権の章で詳しく説明します(第44条以下)。

 賃借権とは、他人の物を賃借して使用収益する権利です。例えば、借家人・借地人の権利です。永借権とは賃借権の一種で、賃借期限の長いものをいいます。

 一般に、土地の所有権は地面の上下に及びます。第34条でこれが明言されています。この権利を上下の両層に分け、地面の上下で区別し、その「上」に当たる権利を「地上権」といいます。

 そのため、地上権は、所有権の上層の一部ということもできます。その効力は、地上に建物を築造したり、樹木を植栽したりしてこれを所有することができる点にあります。これらの権利にもまた限界があり、そのために不完全権とされるのです。

 以上3つの権利は、以下の賃借権の章で詳しく説明します(第115条以下)。

 

14 占有権については、西洋でもまだこれを完備した法律はありません。そのため、さまざまな学説が提唱されています。日本民法はこれを物権とし、その下に1章を設けて種々の規則を定めています(第179条以下)。そのため、詳細は占有の章で説明し、ここではその要点だけを説明します。

 例えば、土地を借りて耕作する場合がありますし、借りずに(押領して、譲り受けて)耕作する場合があります。また、借りたわけではないのに耕作している者が、土地の所有権が自分に属すると主張する場合もあります。所有権が自分に属しないことを知っていても、取得する意思がない場合もあります。

 土地の所有権を借りて耕作する者を「容仮の占有者」、自分に属するとして耕作する者を「法定の占有者」、借りてもいないが自分に属するものともせずに耕作する者を「自然の占有者」といいます。

 占有権は所有権と一体となることがあります。例えば、所有者がその物の占有権を有するような場合です。また、所有権と分離することもあります。例えば、物の所有者ではない者がその物を占有するような場合です。この場合でも、占有者が占有を継続して時効により所有権を取得した場合には、2つの権利が一体となります。占有権は所有権によらず独立して行使されることがあります。占有権が所有権の従権とは言い難いところがあるのは、占有権は一種の権利で、所有権だけで占有権がない場合は当然のこと、その所有権が不完全でも、これを所有権から用益その他の従権を除いた場合に比べると、かなり異なるところがあるからです。たとえ所有権から用益権・使用権の類を除いても、所有権は不完全なままで存続し、何年経っても消滅することはなく、またこれを売買・譲渡する価値があります。そのため、所有権という「名」があり、所有物という「実」があります。名実ともに存在するわけです。所有権から占有権を除けば、所有権は有名無実となるだけでなく、時間が経てば消滅してしまいます。

 以上挙げた用益権から地上権までの各種の権利・地役権以下の諸種は、すべて所有権の支分権です。その中でも抵当権については、西洋でも種々の学説があります。抵当権は一種の性質を有するもので、他の従権と異なる点があるからです。これは別に論じることとします。


15 ⑤ 物権には定められた数があります。第2条を設けた主な目的は、実は物権の定義のためではありません。また、その主・従を区別するためでもなく、物権の数を限定することにあります。そのため、日本民法は、この条文に列記したもののほかには各人の合意で自由に物権を設定することを認めていません。フランスでは、物権の数を定める法律はありません。そのため、法学者の間では種々の議論があり、合意で新たに物権を設定することができるとの説を唱える者もあります。また、賃借権・抵当権を物権と論ずる学者と、人権と論ずる学者との2派に分かれています。日本の立法者はこうした弊害を防ぐために、特に本条に明文を掲げて物権の数を限定したのです。

 民法では、「左の如し」と書いてある場合があります。また、「左に掲ぐ」と書いてある場合があります。「左の如し」とは、例を挙げるもので、なおほかにも同種の事物があることを暗に示しています。「左に掲ぐ」とあるのは、限定するもので、決してほかにはないことを示しています。本条第2項には「左に掲ぐ」とあるので、物権はこのほかにはないということになります(証拠編第76条参照)。

 物権の数を限定した目的は、主として経済上の利益を保護するためです。地上権が設定されれば、必ずその物を所有する者がこれを自在に運用することが妨げられますし、それによりその物の使用や流通にとって障害となります。また所有権を数個に分割すれば、その所有物に改良を加えることができなくなることもありますし、物を授受する場合にその物に権利が設定されていればそれを受け取る者にとっては害になることもあります。そのため、民法は、現在世の中で行使されている物権で、やむをえないものだけを認めています。しかも、その継続の期間を定め、その存立を公衆に知らせる方法を定めるなど、種々の制限を設けています(第348条参照)。

 このように定数が設けられているのは、実は通常の物権に関してだけです。というのは、本条に列記したもののほかにもなお変例の物権があるからです。これについては以下の第4条で説明します。

*1:物権とは、物の上に直接行使することができ、かつ、すべての人に対抗することができるものをいい、主たる物権及び従たる物権をいう。

*2:主たる物権とは、次に掲げるものをいう。
 一 完全又は不完全所有権
 二 用益権、使用権及び住居権
 三 賃借権、永借権及び地上権
 四 占有権

*3:従たる物権とは、次に掲げるものをいう。
 一 地役権
 二 留置権
 三 動産質権
 四 不動産質権
 五 先取特権
 六 抵当権

*4:前項の地役権は、所有権の従たる物権とし、留置権以下の物権は、人権を担保する従たる物権とする。