【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第42条【所有権の消滅】

所有権ハ左ノ諸件ニ因リテ消滅ス

第一 任意又ハ強要ノ譲渡

第二 他人ノ物ニ自己ノ物ノ添付

第三 法律ニ依リテ宣告シタル没収

第四 取得ノ解除、銷除又ハ廃罷

第五 物ヲ処分スル能力アル所有者ノ任意ノ遺棄

第六 物ノ全部ノ毀滅*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

197 本条には、所有権が消滅する数個の原因が列記されています。

 ① 譲渡には2種類あります。「任意」と「強要」です。

 「任意の譲渡」とは、例えば契約で売却・贈与する場合です。所有者が勝手に行うものをいいます。「強要の譲渡」とは、例えば強制執行で財産差押えの後に公売する場合や公益のために土地を収用する場合を指します。譲渡を望まない所有者に強いて譲渡させるものです。

 これらは、一方では所有権消滅の原因となり、一方ではその取得の原因となります。

  Aの所有物がBの所有物に添付する場合には、Aはその所有権を失います。例えば、土地の所有者が他人の所有に属する材料でその土地に建築した場合には、材料の所有権は土地の所有者に移転します。そのため、材料の所有者は、その建築物を取り壊して材料を返還する請求をすることができません。賠償を請求することができるだけです。例えば、金剛石を黄金にはめて指輪とした場合に、金剛石と黄金と所有者が異なるときは、その指輪は金剛石の所有者に属し、黄金の所有者は賠償を請求することができるにとどまります(財産取得編第9条第15条参照)。

 これもまた一方では所有権取得の原因となります。

  刑法その他の法律により裁判官の判決で没収を宣告された場合には、多くはその没収物の所有権は国庫に帰属します。また、没収物を被害者に引き渡すことがあります。有害物であればこれを毀滅することがあります。要するに旧所有者の所有権は消滅するわけです。

 これもまた一方では所有権取得の原因となります。

  いったん所有権を取得してもその取得行為つまり売買・贈与契約・遺言などが取り消された場合には、所有権はそれにより消滅します。

 そもそも取消しには3種類あります。本号にいう解除・銷除・廃罷です。

 解除については、本編第408条第409条第421条に規定されています。銷除については、第544条以下に規定されています。廃罷については、第341条から第344条、第560条に規定されています。そのため、ここではこれらの取消しについては詳しく説明しません。ただその概要を示すにとどめます。

 この3種類の取消しは、だいたいは行為を取り消すことを趣旨とするので、行為により生じた権利が消滅するという1点では同じです。その差異がどこにあるかは各条で検討します。

 「解除による消滅」とは、合意や法律で権利の消滅をある条件にかからせる場合にその条件が成就して権利が消滅することをいいます。例えば、本章の153の中で記述した場合がこれに当たります。また、売買契約で買主が代金を弁済しない場合には、売主はその売買契約を解除することができます。これは本編第421条の原則によってその売買を解除するものです。これらの場合に条件が成就すれば、契約は完全に解除してすべて旧状に復します。いったん譲り受けた所有権は消滅して、旧主に償還されることになります。

 「銷除」とは、契約をするのに当事者が無能力か、錯誤・強暴・詐欺の結果により承諾を与えたときにその契約を取り消すことをいいます。錯誤・強暴・詐欺が契約を銷除する原因となる場合については、本編第304条から第319条に詳細な規定が置かれています。

 「廃罷」とは、債権者が詐害行為を取り消させる権利を指します。例えば、債務者が自分の債権者を欺こうとしてひそかに自分の所有財産を他人に譲渡し、その債権者が債権の弁済を受けることをできなくすることがあり(わが国の身代限処分の場合には常にこれが生じます)、このように債権者に損害を与えることを知りながら自分の財産を他人に譲渡することを称して詐害行為といい、これを取り消させるのが廃罷です。

 フランスの民法には、贈与を受けた者が贈与者を殴打するなど忘恩の所為がある場合には、その贈与を取り消すことができるという規定があります(第915条)。これもまた廃罷の1つです。日本民法に贈与の章ができれば、この種の廃罷が規定されることでしょう。

 要するに以上3種類の取消しは、名称を異にしますが、その結果はすべて契約の根本を消滅させるものであり、その取消しの効力は遡って契約締結の日に及び、その契約により生じた権利はことごとく消滅します。

 解除・銷除・廃罷は、契約を根本から消滅させるため、所有権はもともと他に移転していなかったものとしなければなりません。そのため、いったん譲り受けた権利を以後の取消しによって返還するのではありません。このことから、これらの取消しはさらに所有権を消滅させるものということもできません。原案の説明ではこれが穿鑿論だと弁じられています。解除・銷除・廃罷によって契約を取り消した場合には、契約は実は消滅するのではないからです。それがいったん生じたと考えるのは錯誤であり、実ははじめからその契約により権利を生じたわけではないのです。そのため、こうした議論が生じています。

  所有者がその所有物を遺棄した場合には、もちろんその所有権は消滅します。ただし、遺棄するには他の売却・譲渡をするのと同様に所有権を処分する能力がなければ遺棄することはできません。能力に関する事項については、まだ人事編が制定されていないので、わが国の法律では非常に不完全なものとなっています。

  物の全部が毀滅した場合にその所有権が消滅することは説明するまでもなく明らかです。ただし、物は必ずしも全部毀滅した場合にだけ所有権が消滅するわけではありません。その一部が毀滅した場合には一部の所有権が消滅します。

 

198 以上列挙した場合のほか、なお所有権消滅の原因の1つとなるものがあります。人の所有となった野鳥・野獣・河海の魚介が、自由となって山野に逃げ、河海に入った場合には、その所有権は消滅します。

 

199 所有権が消滅する原因を2種類に分けて、1つを「絶対的消滅」といい、もう1つを「比較的消滅」とする学者がいます。

 「絶対的消滅」とは、所有権が全部消滅して他にこれを取得する者がない場合をいいます。「比較的消滅」とは、一方では消滅しても他方で所有権を取得する者がある場合をいいます。

 本条第1号から第4号は、すべて比較的消滅に属するものです。

 第5号では、この2種類が混合しています。例えば、動産を遺棄した場合には、これを拾得する者がいる場合もありますが、必ずしもそうなるとは限りません。不動産はこれを遺棄する者がいるでしょうか。その所有権は国に帰属するという制度になっています。そのため、動産の遺棄は絶対的消滅となることも比較的消滅となることもありますが、不動産の遺棄は必ず比較的消滅となります。

 第6号は、純然たる絶対的消滅です。このほか所有に属する鳥獣・魚介が自由となって遺脱した場合もまた絶対的消滅です。

 原案の説明には「所有権が絶対的に消滅する場合は非常に稀だ」とあります。私は決してそうではないと考えています。我々が日々飲食するに当たっては、必ず所有権を絶対的に消滅させています。ただし、所有権と人権とを比較すれば、所有権の絶対的消滅は稀です(所有権ではない物権は所有権とともにする場合には絶対的に消滅することがありますが、その他の場合には比較的消滅となります。一方で消滅すれば必ず他方で発生するからです。)。人権の消滅については、本編第451条以下を参照してください。

*1:所有権は、次に掲げる事由によって消滅する。

一 任意又は強要の譲渡

二 他人の物への自己の物の添付

三 法律により宣告した没収

四 取得の解除、銷除又は廃罷

五 物を処分する能力を有する所有者の任意の遺棄

六 物の全部の毀滅