【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第44条【用益権の内容】

第2章 用益権、使用権及び住居権
第1節 用益権

 

用益権トハ所有権ノ他人ニ属スル物ニ付キ其用方ニ従ヒ其元質本体ヲ変スルコト無ク有期ニテ使用及ヒ収益ヲ為スノ権利ヲ謂フ*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

204 用益権を法律上成立させるには、本条の定義に当てはまることが必要なので、種々の条件を具備しなければなりません。「種々の条件」とは、第1に物の所有権が他人に属すること、第2にその物の用法に従うこと、第3にその物の元質本体を変じないこと、第4に有期であることです。これを順に説明しましょう。

 

205  「物の所有権が他人に属すること」とは、用益者と所有者とが別人であることをいいます。そもそも所有権はこれを大別すると、3つの原索となります。つまり、使用権・収益権・処分権です(第30条参照)。

 使用と収益は異なります。特に同一物についてはこれを並び行うことはできません。しかし、同一物について使用したり、収益したりすることはできます(第30条参照)。例えば、使用権だけを分離して他人に属させたり(例えば、家屋に住居する権利)、使用収益の2種類をあわせて他人に属させたりすることができます(例えば、家屋に住居したり、これを賃貸して賃銭を収める権利)。その使用権だけを他人に属させるものは、第110条にいう使用権で、範囲は狭いものです。その使用収益の2種類を合わせて他人に属させるものは、本条にいう用益権です。「用益」とは、使用の「用」の字、収益の「益」の時を合わせて作った語で、使用収益の約言です。その用益権を除いた残余の権利つまり処分権だけをフランス語では「ニユ」所有権といいます。「ニユ」とは裸体という意味です。所有権の衣服を剥奪したものという意味だからです。日本民法はこれを「虚有権」としています。虚名で実益がないという意味だからです(第12条参照)。

 用益権とは、このように所有権の中の2原素だけを合わせたもので、必ず他に真の所有者がいます。これが第1条件で、物の所有権が他人に属することを要する理由です。使用収益の2種類と処分権とを合併した場合には、用益のほかに1原素を加えるもので、用益権は成立しません。つまり、完全所有権となります。そのため、用益権が成立した場合には必ず1つの物につき2人の権利者があり、その権利は各人異なります。用益権を攻撃する者が専ら根拠とする点はこの「一物両権利者」の点にあり、用益権の本相にあります。1つの物に2つの主がある場合には、その物の改良融通にとって大いに障害となり、社会に損害を生ずることになるからです。しかし、一方から観察すれば、用益権は我々の社交上非常に便利です(以下にその事例を示します)。そのため、民法は、新たにこれを日本に設けたのです。ただし、その作用に関しては大いに制限を設けて害を生じないようにする予防規定があります(これを以下の諸条のところで示します)。

 用益権は所有権を分割したものであるため、もとより物上権です。これが第2条にこれを列挙する理由です。

 

206  「物の用法に従う」とは、物を自由にどのような用法に用いることは認めないという意味です。

 「用法」とは、例えば乗馬はこれに乗ることを用法とし、荷馬はこれに荷を負わせることを用法とし、住家はこれに居住し、厩はここで馬を養い、店舗は物を販売し、倉庫は物を貯蔵することを用法とします。乗馬を荷馬とし、住家を厩とし、店舗を倉庫とし、倉庫を店舗とするようなことは、その用法を変ずるもので、本条の定義に背くので、用益者はこれをすることができません。

 法律が用法を変じないことを1つの条件とした理由は、物の用法を変ずると、結局その多くは処分に至るからです。用益者のためにする目的は多くはその物の用方法従わせることでこれを達すべきものです。自由自在に物を使用させようとするのであれば、その所有の全権を付与することが必要となります。

 

207  「物の元質本体を変じないこと」とは、すべてその物を変更しないことをいいます。

 この条件については、まず「元質」と「本体」とを区別することが必要です。

 「物の元質」とは、例えば黄金は黄金の元質を有し、銀は銀の元質を有するということです。

 「元質を変ずる」とは、例えば黄金の花瓶を変じて青銅の花瓶とするようなものです。同様に花瓶の用をなすものですが、その元質は完全に変わっています。

 石造の家屋は石という元質を有します。これを改築して木造や煉瓦とすると、同様に家屋の用をなすものですが、その元質は変わっています。

 元質の解釈はこのように非常に明瞭で、用法との弁別は難しくありません。これに対し、本体は非常に不明瞭です。

 「物の本体」とは、例えば耕地には耕作するという本体があり、宅地には建物を築造するという本体があります。高脚の卓子は椅子にもたれて用いるという本体があり、短脚の卓子は座って用いるという本体があります。宅地を水田とし、耕地を池沼とするのは、その本体を変ずるものです。そのため、本体を変じないことと用法を変じないこととは大きな区別はありません。耕地を宅地とするのは土地の用法を変ずるものですし、高脚の卓子を短脚の卓子とするのもまた卓子の用法を変ずるものだからです。民法の意図は、土地のようなものについては本体とし、乗馬のようなものについては用法とすることにあるというべきでしょう。しかし、極端に論ずれば、既に用法を変ずることを禁じた以上は、さらに本体を変ずることを禁ずるという明文を掲げる必要はありません。

 フランス民法(第578条)では、ただ用益物の元質を保存することを命じています。この元質という語の意義は、物の素質だけでなく形態を合わせて指しています。例えば、石を置き、木を組んで家屋とした場合には、その家屋という形体を指して元質といいます。これを分離した場合には、ただ木・石となるだけで、その元質を失います。このように元質と掲げているだけなので、なお足りないところがあります。そのため、フランスの学者の多くは、これに用法を変じてはならないとの一言を加えて説明します。このようにすれば、法文が明瞭となるからです。これに対し、日本民法は、用法のほかになお本体の2字を加え、これを解釈する者を苦しませています。

 

208 「有期」とは、永久ではないという意味です。所有権は永久のものということを民法の原則としたことは、既にこれを上で説明しました(第30条参照)。用益権は所有権の一部を割いたものですが、民法はその永久の性質を認めず、通常は用益者の終身をその消滅の期限とします。また、契約で用益権を設定する場合には、当事者の任意に期限を定めることができます。しかし、用益者の死後にその用益権を存続させることを認めていません。また、法人のために設定した用益権は、30年を超えることができません(第47条第48条第101条参照)。

 用益権は1つの支分権で、物の融通改良を妨害するものなので、法律はそれが速やかに消滅することを希望しています。通常これを用益者の終身とするのは、その目的を達する程度とするからです(以下の事例を参照)。

 以上、数個の条件を具備すれば用益権が成立します。これが民法の定義です。この定義について私には一説があるので、これを以下で詳述します。

 

209 用益権は、日本の制度でまだかつて見聞したことのないものです。これに類するものがないわけではありません。例えば、土地の所有者がその収穫を学校や寺院に寄付することがあります。皮相的に見れば、この場合には学校や寺院は用益権を有するかのようですが、決してそうではありません。その土地の所有者は用益の物権を学校や寺院に与えてはおらず、単に年々のその収穫高を贈与するものだからです。用益権は所有権を分折してその用益に関する権利だけを独立させたもので、人智が進歩し所有権を分折するところに至らなければ、これを定めることはできないものです。この類の微妙な事例は、日本の維新以前にはあまり多くありませんでした。そのため、用益権に似た慣習はありますが、子細にこれを見ると、実は似て非なるものなのです。

 

210 用益権は、有期が本相です。法人についてはその設定後30年、肉体人については死亡により消滅します。契約でその年限を定めても用益者が死亡すればたちまちその権利は消滅します。これが一種の射倖の性質を有する理由です。そのため、普通の財産の売買・譲渡のように、有償で用益権を売買・譲渡することは非常に稀です。

 

211 そもそも所有権はこれを1人が完全に有する場合には、所有物の改良・譲渡すべての処分、使用収益の方法について自由にすることができ、公私のために便益がある場合でも、これを分割して数人がその支分権を有するときは、経済上非常に障害が多くなります。特に用益権と虚有権とを分割した場合には、この弊害は著しいものとなります。用益者の権利は多くはその生命と存滅をともにし、いつ消滅するか予知することができないからです。そのため、用益者はその用益物を改良するという念慮が生じないばかりでなく、多少これを濫用する傾向があります。また、虚有者は、所有の根本の権利を有しますが、つまりは虚名だけで、少しも実益がありません。その所有物を改良してもこれより生ずる利益はまず用益者の利得となり、用益者が死亡しなければ自分でこれを収取することができないので、虚有者もまたその所有物を改良する念を起こさないことは人情の免れないところであり、公の経済上最も大きな弊害を生ずることが用益権の欠点です。

 このほか用益者が用益物に賦課された租税を怠納したような場合には、その徴収処分をするのに非常に困却することがあります(第90条参照)。また、虚有者と用益者との間にはいろいろな争論が生ずる弊害があります。用益権が社会に弊害を生じさせるというのは、以上の通りです。

 民法は、用益権が社会にとってこのように不利なものであるにもかかわらずこれを認め、そのために規則を設けるのはそもそもどのような理由によるものでしょうか。

 用益権は、一面には不利ですが、また一面では非常に便利なものだからと考えられます。人生生活では、所有権を譲与せずただ多少の収益権だけを贈与して、人の一生を安堵させようとする場合が少なくありません。こうした場合に用益権の制度がなければ、所有の全権を付与するか、人権だけを付与するかのいずれかになります。そのため、所有権を付与せずに他の物権を付与する方法がなければ、大いに不便を感ずることになります。

 

212 以下で用益権を設定する場合の事例を挙げて、それに便益があること、物権を付与することと人権を付与することとの相違点を示しましょう。

 例えば、後妻があり、子がなく、ただ先妻との子があるだけだとします。その夫が死を目の前にして、後妻の老後の生活を安全なものとしようとし、これに所有する田地を与えようとしてもそれが祖先伝来のものであれば容易に他人に与えることが難しく、これに扶養料を与えようとすると相続人が扶養料の義務者となり、自分の死後には遺妻は常に相続人に対して扶養料を要求しなければならないという煩わしさがあります。あるいは遺妻と相続人が不和となれば、相続人が無資力となれば、ついにその志を達成することができなくなります。これに金銭を与えようとしても与える金銭がないからです。このような場合、日本の従前の制度ではどうすることもできませんでした。用益権の制度を定めれば、それが非常に都合のよいものとなります。つまり、夫は後妻にその田地の用益権を与えればよいわけです。

 用益権を与える便利さは種々あります。ここでその主たるものをいくつか挙げると、第1に贈与者は所有権を完全に失いません。そもそも用益権は用益者の終身で消滅することを通則とします(第99条参照)。そのため、前の例では用益者の生存中は用益者がその田地について収益するので夫・その相続人は実益を収めることができませんが、後妻が死亡すれば用益権は夫・その相続人に復帰します。用益権が存立する間は夫の所有権はいわゆる虚有権となり、大いに不完全なものとなり何の役にも立たないものとなりますが、用益権が復帰すれば、元のように完全所有権となります。

 第2には、物権を付与することは、人権を付与することよりも便利です。

 用益権は物権であるため、用益者は虚有者の介入を必要としません。用益権が係属する間は完全に所有者のように用益物について収益することができます(第51条参照)。これにより、用益者は終身扶養料を要求するといった煩わしさにとらわれることはありません。また、贈与者のほうでもいちいち授与する煩わしさがありません。

 第3には、用益権は強固で、他の方法でこれに比するものはありません。田地に有する用益権は不動産で、これを登記した場合には(第348条参照)、誰にもこれを対抗することができます。そのため、贈与者やその相続人が無資力となったり、その田地を売却したり、債権者がこれを差し押さえて公売したりすることがあっても、用益権は依然として存立し、少しもその損害を受けることがありません。

 これに対して、人権を付与すると、受贈者は常に交付の督促をせざるをえなかったり、贈与者やその相続人が無資力となったりした場合には受贈者は完全に受贈物を喪失することになります。

 用益権には以上のような強固さという便利な部分があります。この種の便利さは、他の授受の方法には決してないところです。

 用益権を授受する場合は、ただ後妻の例だけではありません。そのほかにも非常に多くあります。例えば、主人がその忠実なる僕婢の功労に報いるため、その老後を安全なものとしようとすることがあります。また、隠居老人を養い、子女を分家するため、多少の私財を給することがあります。子が特有財産の収益を父母に与えることもあります。会社の出資として財産を与えることもありますし、学校や病院などに年限を定めて財産を寄付することもあります。これらの場合にはすべて用益権を付与するのが便利です。要するに、所有権を与えずにこれを与えるのとほとんど同じ効果を生じさせようとするのなら、用益権を与えることによりその目的を達することができます。

 

213 以上説明したように、用益権には利害が伴います。そのため、法律はその弊害をできるだけ避けようとしています。つまり、これに種々の制限を設け、これを設定することが多くなることを避けようとしています。また、既にこれを設定しても終尽の期を定め、永く存続させません。そのほか用益者には種々の義務を負担させ、その権利を局限しています。すべて以下の諸条に詳しく規定されています。

 用益権を有償で設定することは非常に稀なことは、上に述べた通りです(210参照)。

 民法の用心は既に周密で、実際用益権をみだりに設定してはならないとしてもその弊害は大きくないことは明らかです。ただし、用益権は他の制度と異なり、一得一失あるという批評を免れません。

 

214 用益権は賃借権と似たものです。日本民法では賃借権を物権としているので、特にこの2種類を区別しにくいのですが、この2種類はなお同じではないところがあります。これは賃貸借の章で論述します。

 

215218 略(論説)

*1:用益権とは、所有権が他人に属する物について、用方に従い、その元質本体を変えることなく、有期で使用及び収益をする権利をいう。