【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第84条【用益者の善管注意義務】

1 用益者カ収益ヲ始メタルトキハ善良ナル管理人ノ如ク用益物ノ保存ニ注意スルコトヲ要ス*1

 

2 用益者ハ其過失又ハ懈怠ヨリ生スル用益物ノ滅失又ハ毀損ノ責ニ任ス但虚有者ノ権利ヲ保護スル為メ用益者ニ対シテ第百四条ニ許可シタル処置ヲ為スコトヲ妨ケス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

330 用益者が用益物の保存義務を負う期間は、ふつうは非常に長くなります。この間に用益者は周到に注意を怠らずにいなければなりません。そのため、本条で用益者が終始忘れてはならない原則を定めました。

 そもそも物を管理するのに周到な注意をする者もいますし、粗忽な者、周到でも粗忽でもない者もいます。善良な管理人という場合には、粗忽ではないことははっきりしていますが、その注意の程度はどのくらいのものかというのは難しいところです。本条の「善良な管理人」とはどのような者でしょうか。

 「善良な管理人」とは、フランス民法でいう「善良な家人主」です。フランス法学者は、その注意の程度つまり用益者が責任を負うべき過失はどのようなものかを論じ、過失を3つに大別しています。非常に重い過失、中程度の過失、軽い過失です。用益者は最も小さい過失についても責任を負うべきだとする学者もいます。

 「善良な管理人」とは、普通の知識があり、注意もまた普通のものとするものがあります。決して特別の注意が必要なわけではなく、そのため用益者は最も軽い過失については責任を負わないとします。

 本条の趣旨もまたこの第2説に近いといえます。しかし、用益者が用益物保存の責任を負うのは非常に重く、その責任を負うかどうかの分水嶺を法文上に明示するのは非常に困難です。要するに、その責任の有無の判定は事実問題で、これは裁判所がすべきことです。ただし、責任の有無の判定が難しくない場合もあります。

 例えば、用益者が修繕を怠って家屋を破損したり、駄馬に不相応の重荷を負わせてこれを非常に疲労させたり、無理に耕作して地力を消耗させたりするようなことは、決して「善良な管理人」がするものではなく、その責任を用益者に帰すべきことは明らかです。

 第2項は、第1項の規定を適用したにすぎません。用益者が過失や懈怠によって用益物を滅失・毀損させた場合には、その損害賠償の責任を負うことは当然です。

 用益物の毀損、滅失にはいろいろあります。器具を損壊したり滅失させるようなことはもちろん、そのほかにも例えば用益不動産に付属する地役権を行使せずにこれを消滅させたり、抵当の更新をせずに抵当権を消滅させたり、用益物を他人の占有に任せてその所有権を失うような場合です。また、第55条の説明でも述べたように、商業資産の用益者がその商業を継続せずに商業株を消滅させることもまた、本条の対象とすべきです。

 第104条には、用益者に濫妄の所為がある場合にはその権利を廃罷することが規定されています。用益者が不注意により濫妄となった場合には、虚有者はその用益物を取り戻す処置をすることができます。

 

331 用益者は、用益物保存義務を負います。そのため、保存に関する処置をする権利を有する必要があります。古くからこれを黙示の代理としてきました。つまり、虚有者から黙示で用益者に保存処置を委任したものとしたのです。この黙示委任については学者の間に異論がありますが、これを承認せざるをえない場合もあります。例えば、地役権の保存です(第66条参照)。要役地に地役権が付属する場合には、虚有者は自らこの権利を行使することができません。用益者がこれを行使しない場合には、その権利は30年で消滅します。そのため、用益者はこれを行使しなければなりません。そのほか各種の時効については、すべて同一の理由から、用益者が時効の成立を防がなければなりません。債権の保存についても同様です。例えば、債権に抵当権が付属している場合には、その用益者は30年ごとに抵当の登記を更新しなければなりません。こうした場合には、すべて用益者は保存処置の権利を虚有者から委任されたものとみなします。

 

332 用益者が善良な管理人のように用益物の保存に注意しなかった場合や、その過失や懈怠により用益物に損害を生じた場合には、虚有者は直ちに用益者に対して請求することができるのでしょうか。それとも用益権の終了を待って要求しなければならないのでしょうか。

 「ポチエー」は、「用益者は善良な管理人のように収益する義務を負う。その義務に違背すれば、直ちに虚有者のために訴権を生ずる。そのため、虚有者は用益権の終了を待つに及ばない。損害が生ずれば、直ちにその賠償を請求することができる。また、用益者が修繕を怠る場合には、用益者に修繕させ、それでも用益者が修繕しない場合には、自ら修繕し、その費用を用益者から徴収する請求をすることができる。」としています。

 日本民法でも、第104条に、用益権の終了を待たずに虚有者から請求することができる場合が掲げられています。そもそも損害がある場合には、直ちにその賠償を請求することができるのは普通一般のことで、これと異なることをしようとするのであれば、これを法律に明言しなければなりません。しかし、用益権に関してはこのような明文はありません。ただ本条に用益者の責任の原則を定めるだけです。そのため、虚有者は用益権の終了を待たずにその訴権を行使することができるのは当然です。

 虚有者の訴権を行使するには、用益権の終了を待たなくてもよいということは上に述べた通りですが、裁判所は必ずしも直ちに処分の判決をする必要はないとする学説もあります。例えば、用益者が用益物を変形し、またはその用法を異にする使用をしていても、損害を生じていないのであれば、裁判所は用益権終了の時にその半の判決をすることができるというのです。この説は西洋の裁判例にも採用されています。これは虚有者の訴権に対する1つの制限のようにも論じられますが、実は損害がないときは訴権を行使することができないというのは普通の原則で、制限ではありません。

 

333 用益者が用益物を毀損し、それによりその損害を賠償する責任を負う場合に、その用益物を改良していたときは、改良により生ずる増価額と損害額とを相殺することができるのでしょうか。

 本編第519条以下に相殺の規定があります。この相殺をするには種々の条件があり、2個の債務が存在することが必要ですが、この用益者の場合には2個の債務がありません。用益者は用益物に改良を加えてもその増加額を虚有者に請求することができず、虚有者はこれを賠償する責任を負わないからです。そのため、この問題で相殺というのは、第519条以下に掲げる相殺ではありません。例えば、用益者が用益物を毀損したことにより生ずる損害の額を調査するに当たり、毀損のみならず改良もなされていれば、改良より生ずる増加額がいくらであろうとも損害の全額につき用益者の責任に帰すべきか、これを公正な論理で考えると、このような場合には相殺せざるをえません。そのため、「ポチエー」は、「虚有者の損害賠償の請求は何を目的とするか。その受けた損害の回復を目的とするにほかならないだろう。そのため、用益者が、ある点では管理を過っても、他の点で改良を加えて用益物の原価を増加して返還するのなら、虚有者はまだ損害があると主張することはできない。」とします。この説は、西洋の学者が一般に承認するところとなっているといわれています。

*1:用益者が収益を開始したときは、善良な管理人のように用益物の保存に注意しなければならない。

*2:用益者は、その過失又は懈怠により生じた用益物の滅失又は毀損に対して責任を負う。ただし、虚有者の権利を保護するため、用益者に対して、第104条に許可した処置をすることを妨げない。