【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第91条【用益物を保険に付した場合①】

1 虚有者カ用益権設定ノ前ニ火災ニ対シテ建物ヲ保険ニ付シタルトキハ用益者ハ毎年保険料ノ利息ヲ払フノ責ニ任ス但火災ノ場合ニ於テ得タル償金ハ虚有者ニ属シ其収益ハ用益者ニ属ス*1

 

2 虚有者カ用益権ノ継続間ニ完全ノ所有権ヲ保険ニ付シタルトキハ用益者ハ保険料ノ利息ヲ負担セス其償金ニ関シテハ虚有者カ自己ノ払ヒタル保険料ノ金額ヲ扣除シタル残余ニ付キ収益ス又虚有者カ其虚有権ノミヲ保険ニ付シタルトキハ用益者ハ償金ニ付キ権利ヲ有セス*2

 

3 海上ノ危険ニ対シ保険ニ付シタル船舶ニ付キ用益権ヲ設定シタルトキモ亦右ノ規定ヲ適用ス*3

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

361 「保険」とは、ある災害が起こることを予想し、一方から毎年いくらかの金額を他方に支払い、他方は予想した災害が発生した場合には、いくらかの償金を支払うという契約です。償金を受ける者を「被保険人」といい、支払われるものを「償金」といいます。保険契約の定義は、商法第625条に詳しく規定されています。

 償金と保険物との価格とを対比すると、償金額は保険物の償額より低いのがふつうです。償金の額が保険物の価額を超過することは認められません。これを認めれば、保険契約は一種の賭博の性質を帯びることになりますし、被保険者が自ら保険物を毀滅するおそれも出てくるからです。商法第631条では保険に制限を設け、「保険は、被保険物の利益額を超過する部分に限り、無効とする」とされています(民法原案第841条・第842条では保険を利益の目的とすることができないとされていましたが、これは削除されました)。

 

362 用益物を保険に付した場合には、虚有者と用益者との間に種々の権利の分界を定める必要が生じます。それにより、いくつかの疑問も生じてきます。これが本条と次条の規定が置かれている理由です。

 用益物を保険に付する場合には、次のような主たる区別があります。第1に用益権設定 の前か後に保険契約をすること、第2に保険契約を締結した者が虚有者なのか用益者なのかを区別すること、です。

 本条は、虚有者が保険契約を締結した場合について規定し、用益権設定の前後を区別しています。

 本条第1項の規定によれば、虚有者が保険料を支払い、用益者にはその利息を虚有者に支払わせます。これは、用益権について虚有者が元本を負担し用益者が利息を負担するという原則を貫徹しようとするものです。そのため、火災があった場合には、償金の所有権は虚有者に帰属しますが、その収益権は用益者に帰属します(これもまた一種の准用益権です。第55条参照。)

 第1項で完全所有権としないのは、まだ用益権を設定していない時だからです。保険に付するものが完全所有権であることは当然です。そのため、原案のこの項では虚有者とせず、単に所有者と規定されていました。かえってそのほうが穏当でした。

 建物の所有者がその建物を火災保険に付し、以後その建物に用益権を設定した場合には、所有者が保険人に保険料を支払う義務は建物に付属したかのようにみなします。その建物に賦課される租税その他の効果を負担するようなものです。そのため、建物の収益権を有する者に保険料の利息を支払わせることになります。これが本条の趣旨というところでしょうか。

 第2項は、建物の所有者がその建物に用益権を設定した後、その建物の完全所有権つまり虚有権と用益権とを合併したものを保険に付した場合を規定しています。この場合には、用益者は保険料の利息を負担しません。火災があった場合には、所有者が支払った保険料の総額を控除し、その残余の金額について用益者が収益します。つまり、償金全額の所有権が虚有者に帰属する点は、前項の場合と同様です。

 原案理由書では、本条第1項と第2項との区別については至って簡単な説明があるだけで、その趣旨は詳しくわかりません。第2項は、他人の事務の管理の趣旨に従うものです(第361条第362条第363条参照)。つまり、虚有者が用益者の依頼を待たずに自分の虚有権を保険に付すると同時に、用益権(他人に帰属する財産)をもあわせて保険に付したものとみなすわけです。この第2項については議論が多く、以下の論説で説明します。

 虚有者がその虚有権だけを保険に付しても、これはまったく用益者の財産には関係ないので、用益者は償金について何らの権利も有しないことは普通の法理に照らして明らからです。これについて明文規定を置く必要はありません。

 

363366 略(論説)

*1:虚有者が用益権設定の前に火災に対して建物を保険に付したときは、用益者は毎年保険料の利息を支払う責任を負う。ただし、火災の場合において取得した償金は、虚有者に属し、その収益は用益者に帰属する。

*2:虚有者が、用益権が継続している間に完全所有権を保険に付したときは、用益者は保険料の利息を負担せず、その償金に関しては、虚有者が、自己が支払った保険料の金額を控除した残余について収益する。虚有者がその虚有権のみを保険に付したときは、用益者は償金について権利を有しない。

*3:前項の規定は、海上の危険に対して保険に付した船舶について用益権を設定した場合についても適用する。