【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第164条【永貸人の義務】

1 永貸人ハ永貸借契約ノ当時ノ現状ニテ永貸物ヲ引渡スモノトス*1

 

2 永貸人ハ貸借ノ期間大小修繕ヲ負担セス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

91 本条は、永貸借と通常の賃貸借との違いを示したもので、永貸借の規定の中で最も緊切なものです。

 通常の賃貸借では、賃借人はその物の引渡し前にその用法に従って一切の修繕をすることを賃貸人に請求することができます(第128条)。つまり、賃貸人は修繕完好の形状でその物を引き渡す義務を有します。本条第1項の規定によれば、永貸人は契約当時の形状でその物を引き渡せばよいとされているので、永借人からは何の要求もすることはできません。この点については、民法は永借人の権利を通常の賃借人の権利よりも大きなものとしているにもかかわらず、本条は反対に永借人の権利を縮小しています。これは非常におかしなことのように見えますが、実はそうではありません。永貸借の本質からすると、本条の規定のようにならざるをえない場合があるのです。

 前にもいろいろと説明したように、永貸借を設定する目的は荒蕪地や未耕地を開墾することにあります。そのため、永貸人に通常の賃借人と同じくその物を完好の形状で引き渡す義務があるとすれば、荒蕪地や未耕地を開墾して耕地として引き渡さなければならないことになってしまいます。そうすると、永貸借の目的に沿わず、当事者の希望するところも違うことになります。つまり、永貸借がなされるのは、永貸人は自ら開墾の労をとることが難しく、またはその費用を出すことができないためで、貸賃が低廉であるにもかかわらず永貸を約するものです。永借人は、土地には収穫がないにもかかわらず、借賃を支払い、資本を投下することを甘受するのは、後日十分な収穫を得ることができる希望があるからです。当事者の希望がこの通りだとすれば、永貸人にその物を完好の形状で引き渡す義務を負わせないのは当然のことといわなければなりません。

 通常の賃貸借では、若干の例外を除き、賃貸人に大小修繕の義務を負わせています。しかし、本条第2項では、永貸人は大小修繕を負担しないと明言され、正反対の規定が置かれています。これも、前段で説明したように、永貸借の性質上そうしなければならないものです。永貸物引渡しの当初でさえ永貸人に修繕義務がないとしながら、その永貸借の継続する期間つまり30年以上50年以下の長い間は大小修繕の義務を負わせるとするわけにはいきません。これが、修繕については永貸借設定の最初からその終了まで永貸人に一切その責任を負わせない理由です。

 つまり、通常の賃貸借では、賃貸人は賃借人の収益を妨害することができないのは当然で、自ら進んで収益をさせる義務を負担し、一切の担保責任を負いますが、永貸借では、永貸人は永借人に対して収益をさせる義務を負わず、一切の担保責任を負わないものとされています。もっとも、永貸人が担保責任を負わないのは将来に対してであって、契約の当時に永貸人がその物の真正の所有者であることは担保しなければなりません。これは当然のことで、別に解説は不要でしょう。

 

92 上のように永貸人は一切の修繕義務を負わないと規定されていますが、実際には修繕が必要となる場合が生じるのは当然です。この場合には、永借人はその責任を負わなければならないのでしょうか。民法は、単に永貸人にその責任がないことを規定するにとどまり、永借人にこの修繕義務を負わせず、第157条第2項に従い、本款に特別の規定がないものは通常の賃貸借の規則に従うべきこととしています。そして、通常の賃貸借では、若干の例外を除き、賃借人に修繕義務を負わせていません。そうすると、一般の修繕については永貸人にその責任がなく、永借人にもその責任がないと解釈するほかありません。つまり、この点は用益権の場合と同様だといえます。

 しかし、本条は、要するに第128条第1項・第2項の規定に対する例外にすぎないので、同条第3項・第4項に規定された修繕と、永借人やその雇人の過失または懈怠によって必要となった一切の修繕は、第157条第2項に従い、永借人がその責任を負わなければなりません。つまり、通常の賃貸借では、賃貸人の負担に属すべき種類の修繕ついては、永貸人、永借人ともにその責任を負いません。通常の賃借人の負担すべき修繕は、永借人もまたこれを負担しなければならないことになります。

*1:永貸人は、永貸借契約の当時の現状で永貸物を引き渡すものとする。

*2:永貸人は、貸借の期間においては、大小の修繕を負担しない。