【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第128条【賃借人の修繕請求権等】

1 賃借人ハ物ノ引渡前ニ其用方ニ従ヒテ一切ノ修繕ヲ整フルコトヲ賃貸人ニ要求スルコトヲ得*1

 

2 此他賃貸人ハ賃貸借ノ期間大小修繕ヲ為ス責ニ任ス但左ノ二項ニ掲ケタル修繕及ヒ賃借人又ハ其雇人ノ過失若クハ懈怠ニ因リテ必要ト為リタル修繕ハ賃借人之ヲ負担ス*2

 

3 賃貸人ハ賃貸借ノ期間畳、建具、塗彩及ヒ壁紙ノ保持ヲ負担セス*3

 

4 又井戸、用水溜、汚物溜又ハ水道管ノ疏浚及ヒ普通ニ賃借人ノ為ス可キ修繕ヲ負担セス*4

 

5 本条ノ規定ニ反対ノ慣習アルトキハ其慣習ニ従フコトヲ妨ケス*5

 

【現行民法典対応規定】

本条2項

606条1項 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

21 本条第1項は物の引渡し前の修繕は誰の負担に属するかを、第2項・第3項・第4項は賃貸借の期限内の修繕の負担方法を、第5項はこの法律の規定と地方の慣習との関係を規定しています。

 本条を概観すると、賃借人の権利と用益者の権利との間に非常に大きな差異があり、Aの権利はBの権利よりも広いことがわかります。このようにA・B間に大きな差異が生じるのは、その権利の性質が異なることに起因します。

 権利の性質はどのように異なっているのでしょうか。用益権・賃借権ともにその権利が設定された物の使用・収益をする権利にほかなりませんが、用益権は用益者にその物を自由に使用・収益する権利を与えるまでで、虚有者は用益者に対し必ず使用・収益させる義務を負いません。換言すれば、虚有者は、その物を用益者に引き渡し、その自由にさせることだけでよいのです。これが用益権の性質で、純粋な物権である理由はここにあります。これに対し、賃借権については、物権であると同時に人権でもあり、賃貸人は賃借人にその物を使用・収益させればよいというだけではありません。必ず使用・収益をさせなければならない義務を負います。これが2つの権利について本条の規定するような大きな差異が生じる理由です。

 

22 以上説明したように用益権と賃借権はその性質を異にするので、両者の間には次のような差異が生じます。

  用益者は用益物をその現状で受け取り、決して修繕・恰好を求めることができません(第49条第2項)。しかし、賃借人は賃借物の引渡し前にその用法に従って一切の修繕をすることを求めることができます。

 ここで「一切の修繕」というのは、大小の修繕はもちろん、本条第3項・第4項に列挙するような賃貸借期間内では賃借人が負担すべき性質の修繕をも求めることができます。しかし、その修繕には制限があり、賃借物の用法に従う程度とされています。そのため、それ以外に及ぶことはできません。

 例えば、住居に供すべき家屋の賃借については、賃借人はその家屋を住居できるような形状とすることを求める権利があるので、壁が落ちているとか、屋根が破れているとか、根太板が欠けているとか、風雨や盗賊などが入ってくるのを防ぐことのできない部分の修繕を求めることができますが、その壁が落ちてもいないのに新たに塗り替えること、板葺の屋根を瓦葺の屋根にすることなど、物の改良を求める権利はありません。また、自分の住居に適するように居室の模様替えを求めることもできません。

  用益者は用益物の小修繕を負担します。その大修繕については、用益者・虚有者ともにこれを負担する義務を負いません(第86条第87条)。しかし、賃貸借については、大小の修繕はともに賃貸人の負担に属するのが原則です。ただし、賃借人やその雇人の過失・懈怠によって必要となった修繕は、賃借人がこれを負担します。自己の犯罪を理由として権利が発生するはずもなく、むしろその損害の賠償をしなければならないからです。

 賃借人やその雇人の過失・懈怠によって必要となったわけでなくとも、法律は上の原則の例外としてある物の修繕を賃貸人に負担させません。第3項・第4項はこのことを規定し、「賃貸人は、賃貸借の期間、畳、建具、塗彩及び壁紙の保持を負担しない」、「賃貸人は、井戸、用水溜、汚物溜又は水道管の疏浚及び通常賃借人が行うべき修繕を負担しない」としています。畳から壁紙までのものは日常の使用によって自然に損耗するものに属し、井戸から水道管までのものも、日常の使用により自然と泥土や他の汚物が入ってその用をなすことができなくなることがあり、しかもそれが修繕・疏浚を必要とするに至るのは、物の不良や朽廃を原因とするよりはむしろ賃借人やその雇人等の過失・懈怠に基づく場合が多いといえるでしょう。その修繕・疏浚を賃貸人に負担させるとすれば、賃貸人は賃借人等の過失・懈怠を立証したいと考えても常に賃借物を監守することはできないので、その証拠を挙げることができません。結局、実際に賃借人等に過失・懈怠があっても、賃貸人がその修繕・疏浚を負担することになってしまいます。この不利益を免れるためにいろいろと口実を設けて訴訟を提起しても、その結果は知れているでしょう。立法者はこのような悪い結果を生じることを慮り、賃借人等に過失・懈怠があると推定し、これにその負担をさせることとしたのです。

 法文には「通常賃借人が行うべき修繕を負担しない」とありますが、この修繕はどのような種類のものでしょうか。立法者は、今日の普通の慣習により賃借人が負担する至小の修繕、例えば鼠の開けた穴をふさぐこと、引窓の紙を張り替えることなどといった修繕を指しているものと思われます。ただこの類の修繕はいちいちこれを列記するのは煩瑣なだけでなく、地方によって慣習も異なるので、このように広い文言にしたのでしょう。私はこのほかには理由はないと考えます。

 

23 大小修繕は賃貸人がこれを負担することを原則とするということは上に説明した通りです。賃貸人がこの義務を尽くさなかった場合には、賃借人はその契約の解除を求めるか、第382条第3項により賃貸人の費用で第三者に修繕させることができます。物の引渡し前に修繕を請求したにもかかわらず賃貸人がこれに応じない場合もこれと同様です。

 これに対し、本条第2項ただし書と第3項・第4項により賃借人が修繕を負担すべき場合に賃借人がこれを負担しないときは、賃貸人より上記の請求をすることができます。法律はこの修繕を賃貸人に負担させないことを規定するにとどまらず、賃借人がこれを負担すると明言しているからです。

 

24 本条の規定は第126条にいう「法律の規定」で、公の秩序・善良の風俗に関するものでもありません。そのため、当事者は合意により自由にこれと異なる定めをすることができます。さらに、法律は本条に規定と異なる慣習がある場合にはその慣習に従うことを妨げないとしています。そのため、異なる慣習のある地方ではその慣習に従い、別段の契約をせずとも本条に規定によらないことは可能です。

 この「慣習に従う」という点については疑問があります。法律は「慣習に従う」とせ「慣習に従うことを妨げない」としています。そのため、反対の慣習があっても必ずしもこれに従う必要はありません。当事者の便宜によりこれに従ってもよいわけです。そうすると、当事者の一方の利益は他方にとっては不利益となるので、慣習に従う利益がある者はこれに従うべきだと主張し、他方は法律の規定に従うべきだとした場合にはどのように決定すべきでしょうか。法律と慣習が牴触する場合には法律に従わなければならないので慣習は無視せざるをえないとすれば、本条のこの規定は何の用もなさなくなってしまいます。もし慣習に従うかどうかは当事者の合意によりこれを定めることができるとの趣旨だと解すれば、その当事者が従うのは慣習ではなく合意による定めということになります。そうすると、この規定を設けることは必要なくなります。そのため、法文が「妨げない」としたのは、聴許の意味ではなく慣習に従うことを命令したものと解釈されるわけです。

*1:賃借人は、賃貸人に対し、物の引渡し前に、その用法に従って一切の修繕を行うことを請求することができる。

*2:前項に規定するもののほか、賃貸人は、賃貸借の期間、大小の修繕を行う責任を負う。ただし、第3項及び第4項に定める修繕及び賃借人又はその雇人の過失若しくは懈怠によって必要となった修繕は、賃借人がこれを負担する。

*3:賃貸人は、賃貸借の期間、畳、建具、塗彩及び壁紙の保持を負担しない

*4:賃貸人は、井戸、用水溜、汚物溜又は水道管の疏浚及び通常賃借人が行うべき修繕を負担しない。

*5:本条の規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従うことを妨げない。