【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第133条【賃借人の建物築造権等】

1 賃借人ハ賃貸人ノ明許ヲ要セスシテ賃借地ニ適宜ニ建物ヲ築造シ又ハ樹木ヲ栽植スルコトヲ得但現在ノ建物又ハ樹木ニ何等ノ変更ヲモ加フルコトヲ得ス*1

 

2 賃借人ハ旧状ニ復スルコトヲ得ヘキトキハ其築造シタル建物又ハ栽植シタル樹木ヲ賃貸借ノ終ニ収去スルコトヲ得但第百四十四条ヲ以テ賃貸人ニ与ヘタル権能ヲ妨ケス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

35 本条は、賃借人がその賃借地に建物を築造したり、樹木を栽植したりする権利があるか、あるとすれば賃借人の終了時にその建物・樹木を収去することができるかという点を規定したものです。

 フランス法では、本条のような規定がないので大いに疑義を生じています。賃借人は、賃借物の性質に相応する用法に従い、善良な家父のように使用しなければならず、賃貸借の終了時には受け取った当初と同一の形状で返還する義務があるとされているので、建物の築造や樹木の栽植をすることができないかのようにも思われます。しかし、フランスの学者は、賃借人は収益権を有するので収益に必要な工事をする権利を有しますが、その賃借物の用法を失わせず、その本質を変更しない義務があるので、この義務に違反しない制限内でその権利を行使しなければならないとし、判決例もまたこの考え方を採用しています。

 日本民法は、そのような疑義が生じ、学説や判決例がさまざまに分かれることを予想し、本条に賃借人の権利がどのようなものかを規定したのです。

 本条では、賃借人は建物を築造し、樹木を栽植するに当たり、賃貸人の許可を得ずとも、現在の建物や樹木に何らの変更を加えてはならないとしています。この制限は、フランスの学者が説くところと付合します。つまり、賃貸借の性質から自然に生ずるもので、この制限を超える場合には所有者の権利を害することになります。そのため、現在の建物・樹木を他に移して新たに築造・栽植をするような権利の濫用がある場合には、所有者はこれに異議を申し立て、その取壊しを請求することができるのは当然です。

  

36 本条第2項は、賃貸借の終了時に、賃借人はその築造した建物や栽植した樹木を収去する権利があることを明記しています。しかし、法文には「原状に回復することができるときは」とあるので、原状に回復することができない場合には、この収去権がないとするかのようです。法律の意図は果たしてどこあるのか、これを研究しなければなりません。

 法律の意図が賃借人に収去権を与えないという点にあるとすれば、その建物や樹木は最終的には誰の所有に帰するのでしょうか。財産取得編第8条以下の規定に従い、土地の所有者が添付によってこれを取得することとなります。賃貸借の期間内では、賃借人はその建物や樹木に権利を有し、賃貸借の終了時にその権利を消滅させてこれを土地の所有者に移すべきだという論理はありません。そのため、私は、賃借人の権利は用益者の権利と同じとの原則に依拠して、本条の法文は第69条末項の法文に「用益者は自己の設けた建物、樹木、粧飾物その他の付加物を収去することができる。ただし、その用益物を原状に復しなければならない。」とあるのと同じとし、賃借人はいずれの場合でも常にその築造した建物や栽植した樹木を収去する権利を有しますが、その賃借物を原状に回復する義務を負わなければならず、これを原状に回復することができない場合には、損害賠償責任を負わなければならないと解釈します。

 賃貸借の終了時に、賃借人がその建物や樹木を収去せず、これを売却しようとする場合には、法律は賃貸人に先買権を与えています。これはまた用益権について第70条に規定したのと同じ理由に基づくものです。

*1:賃借人は、賃貸人の許可を要しないで、賃借地に適宜に建物を築造し、又は樹木を栽植することができる。ただし、現在の建物又は樹木に変更を加えることができない。

*2:賃借人は、原状に復することができるときは、その築造した建物又は栽植した樹木を賃貸借の終了する時に収去することができる。ただし、第144条により賃貸人に与えられた権能を妨げない。