【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

仁井田益太郎解題『旧民法』(2)旧民法の内容

民法
仁井田益太郎 解題
日本評論社
1943(昭和18)

 

dl.ndl.go.jp

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

 

第2 旧民法の内容

 民法の編別にはローマ式とドイツ式とがあります。ローマ式の編別は、ローマの法律家の思想に始まるものです。ローマの法律家は、人の法、物の法、訴えの法の区別を設けています。フランス民法は、この区別を模範として、第一編人事、第二編財産・財産所有の種類、第三編財産所有の権利取得の方法の3編とし、別に前加編を設けています。ドイツ式の編別は、最初に「ザクセン民法が採用したもので、第一編総則、第二編物権、第三編債権、第四編親族、第五編相続としています。わが国の現行民法はまさにこの編別によったものであり、旧民法はおおよそフランス民法の編別によったものです。つまり、旧民法では、人事編、財産編、財産取得編、債権担保編、証拠編という区別を設けたのです。しかし、財産編、財産取得編の一部、債権担保編、証拠編を民法の一部としてまず公布し、次に人事編、財産取得編の残りの部分を民法の一部として公布したものであり、人事編を第一編とし、他の各編を順次第二編、第三編、第四編として公布したわけではなく、民法の財産編、財産取得編、債権担保編、証拠編というものを公布し、別に民法の人事編というものを公布しました。また、旧民法では編ごとに条数が改められており、フランス民法や現行民法のように、各編を通じて条数が定められているわけではありません。

 

 人事編では、親属、姻属に関する規定のほか、人に関する規定を設けています。つまり、私権の共有・行使、国民分限、自治産、禁治産(民事上禁治産、準禁治産)、戸主・家族、住所、失踪、身分証書に関する規定も置いたのです。国民分限とは国籍に関することで、自治産とは未成年者が自ら財産を管理することです。人事編の親属、姻属に関する規定はわが国の慣習によったもので、現行民法の親族編を編纂するに当たってはわが国の慣習によることとしたため、旧民法の親属、姻属に関する規定の趣旨が多く採用されました。そのため、双方は非常に類似しているということができます。ただ、旧民法は、婚姻は証人2人以上の立会いのもと慣習に従ってその儀式を行うことによって成立するもので、当事者の承諾はこの儀式を行うことによって成立するものと規定し、かつ婚姻はその儀式を行った日より効力を生ずるものと規定したほか、養子縁組についても類似の規定を設けています。この点は現行民法が婚姻又は養子縁組につき届出主義を採用しているのと大いに異なる部分です。

 

 財産編ではその総則として財産と物の区別に関する規定を設け、財産には物権と人権つまり債権の二種があるとし、かつ物には有体物と無体物とがあるとしたほか、動産と不動産の区別、その他の区別を示しています。
 財産編第1部として物権に関する規定を設け、現行民法の物権(特に主たる物権)に相当する物権を認めるほか、用益権、賃借権、法律の規定による地役というものを規定しています。用益権は、他人の所有物につき用法に従いその本質を変更せずに有期に使用・収益する権利とされています。用益権のうち使用者とその家族の需用の程度に限るものは使用権とされ、建物の使用権は住居権とされています。賃借権は、賃借人が賃貸人に対し金銭その他の有価物を定期に払って一定の期間賃借物を使用・収益する権利とされています。旧民法の賃借権は物権であり、現行民法の賃借権は債権であるという点で旧民法と現行民法との間には著しい相違があることがわかります。法律の規定による地役は、おおよそ現行民法における所有権の限界に該当するものです。
 財産編第2部として人権つまり債権・義務に関する規定を掲げ、その総則として債権の性質を定めるほか、人定法の義務と自然の義務とを区別し、前者については法律の許す方法によって債務者に強制することができ、後者については訴権が生じないと定めています。そしてその第1章として義務の原因、その第2章として義務の効力、その第3章として義務の消滅、その第4章として自然義務に関する規定を設けています。
 義務の原因としては合意、不当利得、不正の損害つまり犯罪、準犯罪、法律の規定を認め、これに関して詳細の規定を設けています。合意に関する規定は、合意の成立、その有効条件、合意の効力(当事者又は第三者に対する効力)、合意の解釈に関するものです。そして、他人に損害を加える行為が有意になされたときは民事の犯罪を構成し、無意になされたときは準犯罪を構成するものとされています。
 義務の効力に関する規定としては、直接履行の訴権、損害賠償の訴権、担保、義務の諸種の態様に関する規定を設けています。直接履行又は損害賠償の訴権とは、直接履行又は損害賠償の請求権のことです。旧民法は債権者が訴訟を提起して訴訟をする方面から観察しているため、訴権と称しているのです。ここにいう担保とは、権利を譲渡した者がその権利の完全な行使、自由な行使を担保する責任があること、又は他人とともにもしくは他人のために義務を負担する者(保証人、連帯債務者、不可分債務者)が他人の免責のためにした弁済につき求償を求めることができることを指すものです。また、義務の成立が単純、有期又は条件付であるとき、義務の目的が単一、選択又は任意であるとき、債権者又は債務者が単数又は複数であるとき、義務の性質又はその履行が可分又は不可分であるときは、義務はその態様を変ずるものとされており、義務の成立が初めから正確でかつ即時に要求できるものであるときは、その義務は単純なものとされています。このように、義務の諸種の態様については詳細な規定が設けられています。
 義務の消滅に関する規定としては、弁済(単純の弁済、弁済の充当、弁済の提供・供託、代位の弁済)、更改、合意上の免除、相殺、混同、履行の不能、銷除、廃罷、解除に関するものがあります。銷除は、ほぼ現行民法の法律行為の取消しに該当するものであり、無能者、錯誤、強迫、詐欺により承諾した者又は妻の利益を保護するために認められたものです。しかし、銷除するには訴え又は抗弁によることを必要とし、銷除は裁判上の銷除であることを要するものでした。また、廃罷は債務者の詐害行為の取消しであり、現行法が認めているものと同様のものです。
 財産編第2部第4章では、自然義務に関する規定が置かれています。これによると、自然義務は訴え又は抗弁の方法でその履行を要求することができません。第一に債務者の任意であることが必要であり、これをその良心に委ねていますが、追認、更改、担保の目的とすることができるとされています。また、自然義務は、法定の承諾を阻却する錯誤のため、目的の指定の欠如又は不足のため、また必要な公式の欠如のため、初めから無効な合意によって生ずることがあり、かつ法定義務の銷除、廃罷、解除が裁判上宣告された後であっても、存立することができるとされています。なお、免責、取得時効を援用した者は自然義務を負担したと自ら追認することができるとされており、その他自然義務を追認することができる者に関して規定が置かれています。

 

 財産取得編では、先占、添付のほかその財産取得の原因である各種の契約を規定し、さらに家督相続、遺産相続を財産取得の原因として、その規定が置かれています。
 旧民法家督相続を財産取得の一原因としてこれを財産取得編の中に規定したことは、旧民法がわが国の国情に反するものとして大いに攻撃された点です。
 証拠編には、裁判所で裁判をするに当たって事実を認定する資料である証拠に関する規定が置かれています。証拠編第1部には証拠に関する規定、同第2部には時効に関する規定が置かれています。旧民法は時効を裁判所を拘束する法律上の推定であるとして証拠の一種としているので、時効に関する規定を証拠編第2部に置いたのです。
 証拠編第1部では、証明の責任、証拠の種類、証拠を供する材料つまり証拠方法につき規定を置き、証拠方法の証拠力に関する規定を置いてこの規定により裁判所を拘束しています。そのため、裁判所は証拠方法につき自由な心証をもってその証拠力を判断することができないとされていました。
 証拠編第2部では、現行民法の時効に関する規定のようなものが多く含まれています。
 旧民法が、純然たる証拠に関する規定であり本来訴訟法に属するものを証拠編の中に置いたこと、また旧民法が証拠の一種として時効を証拠編の中に置いたことは、理論に反するものであるとして、大いに攻撃された点でした。