【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第102条【用益権の放棄】

1 用益者ハ用益権ノ放棄ヲ以テ其放棄前ニ履行セサリシ義務ヲ免カルルコトヲ得ス*1

 

2 又其放棄ハ用益者ノ権ニ基キ物ノ上ニ権利ヲ取得シタル第三者ヲ害スルコトヲ得ス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

392 法律は、用益権の放棄をその権利が消滅する原因の1つとしました。これは用益者がその権利を放棄することができることを認めたものです。しかし、用益者がその権利を放棄するには、自分1人で自由にこれをすることができるのか、その放棄により利益を得る者つまり虚有者の承諾が必要なのかという点については、まったく言及がなされていません。人権については、債権者が自由にその権利を放棄することができず、締結当初の双方の合意が必要とされていることと同じく、放棄するについてもまた双方の合意を必要とします。放棄は解約にほかならないからです。物権については、これとは異なり、2人以上の合意でこれを設定しても、この権利は直接に物に行使するもので、債権者も債務者もいません。しいていえば、物が債務者ということになるでしょう。物には意思がないので、その合意を得ることはできません。そのため、用益権の放棄は、用益者が自由にすることができるものとせざるをえないのです。

 このように、用益権の放棄は用益者1人の意思ですることができるので、用益者と虚有者との間で合意がなされても、これを放棄とみなすべきではありません。用益者は虚有者の利益のために放棄する旨を明言しても、それによりその行為の性質・効果は変わりません。この合意は真の贈与で、財産取得編の贈与の節に規定した方式を履行しなければ成立しないものとせざるをえません。

 

393 用益者がいったんその権利を放棄した後にこれを取り消し、それによりその権利を復活させることができるのでしょうか。フランスでは、放棄は虚有者がこれを承諾せずとも確定効を生ずるものではないので、承諾前に自由に取り消すことができるとする学者もいますが、この説は放棄を1つの契約と誤認しています。放棄が1つの契約だとするならこの説は妥当ですが、先に説明したように、放棄は用益者の一方の意思で行うものなので、これを契約と同視すべきではありません。そのため、用益者がいったん放棄の意思を明示した以上は、虚有者の承諾の有無にかかわらず、それが即時に確定します。用益権はここに消滅するといわざるをえません。

 

394 用益者がその権利を放棄した場合には、その義務を免れることができます。将来に向かってもそうです。その義務は用益者の一身に付着するものではなく、物に権利を行使することによって生ずるものだからです。用益者がその権利を放棄し、これにより物との関係を絶つので、またこれに義務を負わせるという理由はありません。

 過去の義務つまり放棄前に生じた義務については、本条第1項により用益者がこれを免れることはできないと規定されています。例えば、小修繕が必要となったところ、用益者がこれをせずにその権利を放棄しても、なおその小修繕をする義務を免れません。小修繕は過去の収益の負担にかかるものなので、将来の収益を放棄してもそれによりこれを免れさせるべき理由はないからです。これを免れさせるとすれば、用益者は利益を独占し、損失を負担しないことになります。虚有者が利益を得ることなく損失を負担するという不正不当な結果に至るので、この規定が制定されたわけです。ポチエーその他フランスの学者は、用益者がその権利を過去に向かって放棄する場合には、その義務を免れることができるとしています。「過去に向かって放棄する」とは、過去の収益を虚有者に返還することを指しています。この説は日本民法の規定とはその趣を異にしますが、その意味は結局同一に帰するものです。ただし、この説によると、過去の収益を計算するなど非常に煩瑣な手続を必要とし、これにより紛争を惹起するおそれがないとはいえません。むしろ日本民法の規定のほうが優れているというべきでしょう。

 

395 用益権に第2の用益権を設定したり、抵当権や賃借権を設定したりした場合には、第三者はその物に対して権利を取得します。この既得権が用益者1人の行為によって侵害されることは許されるべきではありません。そのため、用益者はその権利を放棄しても、第三者は用益者が放棄しない場合と同じようにその物の上の権利を保持します。これが本条第2項の規定するところで、当然のことといわなければなりません。

*1:用益者は、用益権を放棄することにより、その放棄の前に履行していなかった義務を免れることができない。

*2:用益権の放棄は、用益者の権利に基づいて物に対して権利を取得した第三者を害することができない。