【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第129条【賃貸人による修繕】

1 建物ニ必要ト為リタル大修繕ハ賃借人ヨリ之ヲ要求セサルモ又此カ為メ賃借人ニ多少ノ不便ヲ生セシム可キモ賃貸人之ヲ為スコトヲ得*1

 

2 然レトモ賃借人ハ右修繕ノ一个月ヨリ長ク継続スルトキハ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得又時間ノ如何ヲ問ハス右修繕ノ為メ其賃借物中住居ス可キ全部又ハ商業若クハ工業ニ極メテ必要ナル部分ヲ失フ可キトキハ賃借人ハ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得*2

 

【現行民法典対応規定】

本条1項

606条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

本条2項

607条 賃貸人が賃借人の意思に反して保存行為をしようとする場合において、そのために賃借人が賃借をした目的を達することができなくなるときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

25 本条は建物の大修繕について賃貸人・賃借人の関係を規定するものです。

 前条で規定するように、大修繕は賃貸人の負担に属するのが原則なので、大修繕が必要となった場合には、賃借人の請求に応じ、賃貸人は修繕をしなければなりません。しかし、賃借人が必ず修繕を請求してくるわけではありません。その大修繕により使用・便益を妨げられるために賃借人がこれを請求しないこともあります。特に賃借期限が近付いている場合にはその請求をしないことが多いのは当然です。賃借人の請求がなければ賃貸人は何らの工作もすることができないとすれば、建物は傾斜・崩壊して大いに賃貸人に損害が及ぶことになるでしょう。そこで、法律は多少賃借人に不便を生じさせるとしても賃貸人がその大修繕をすることができ、賃借人にはその不便を忍容させるものとしました。しかし、これはただ大修繕が必要となった場合に限るもので、実際に必要のない大修繕については、賃借人がこれを拒否できるのは当然です。

 必要な大修繕は、これがたとえ数か月の長きにわたって継続しても、賃借人はその不便を忍容しなければならないのでしょうか。賃貸人は賃借人に安全にその建物を使用させる義務を負う者なので、長きにわたって大修繕を継続して賃借人の使用を妨害すべきではありません。そのため、法律は、その修繕が1か月よりも長く継続する場合には、賃借人は賃料の減額を請求することができるものとしました。この賃料の減額は損害の賠償にほかならないものです。

 賃料の減額は、修繕が1か月よりも長く継続する場合に限って請求できるもので、これより短い日数で修繕を終了すべき場合には、これを請求することができないのは当然です。ただ、ここで1つの疑問が生じます。修繕が1か月半にわたった場合には、その全日数つまり1か月半の賃料の減額を請求することができるという意味でしょうか。それとも、1か月から超過する部分つまり半月の賃料の減額を請求するにとどまるという意味でしょうか。思うに、法律は1か月に満たない修繕についてはその請求を認めていません。この部分については賃借人に何らの権利も与えていないので、1か月を超える部分についてだけその請求を認めたものと解釈するのが妥当かのようにも思われます。フランス法では、「トロプロン」がこのような説を主張しています。しかし、これに対して一般の学者は全日数の賃料につき減額すべきだとしています。その理由は、法律は若干日(フランス法では40日)内の修繕はあえて斟酌せず、これを超えるものについては賃借人を保護しなければならないとしているところにあります。そして、その日数を超える以上は全部について保護すべきで、超過していない部分を控除すべきではないとします。日本民法についても、この考え方を採用してその解釈をすべきです。1か月の日数は請求権を抑える関門です。わずか1、2日でもこの1か月の日数を超え、そのために関門を開けることになれば、当初にさかのぼってその権利を行使させるべきことは自然の条理だからです。

 

26 法律は賃料の減額を請求するほか、賃貸借の解除を請求することを認めています。これには2つの場合があります。

 ① 修繕のために、賃借物に住居することのできる部分の全部が滅失した場合 この場合には、賃借人はただ不便を感ずるだけでなく、その唯一の目的である住居を失うことになり、空しく雨露にさらされるか、他に住居を探し求めなければなりません。修繕中にだけ住居を探し求めるのは最も困難なことです。このような条件で賃貸借をする者はいるはずもないからです。そのため、この場合にはその建物全部が使用できないのがわずか1、2日にすぎないときでも、なお賃貸借の解除を請求することができることとしました。

 ② 修繕のため、商業や工業に非常に必要な部分が滅失した場合 この場合には全部が使用できなくなるわけではありませんが、もともと商業と工業のためにその建物を使用しており、主たる目的は営業に必要なことにあります。そのため、この部分を使用できなければ、賃借人の損害ははかり知れないものとなるでしょう。修繕が終了するまでに仕事を休むために利益を得られないばかりか、それにより顧客が減ってしまうなどの間接的な損害を将来に及ぼす可能性もあります。そのため、この場合にも賃貸借の解除を請求することができることとしました。

 以上2つの場合に修繕期間が短くとも賃貸借の解除を請求することを認めたのは非常に危険なことで、賃借人がこの請求権を濫用するおそれがあります。しかし、賃借人がその賃貸借を解除すれば、自ら他に移転するという大きな不便を受けることになります。そのため、実際には濫用の危険はほとんどないといえるでしょう。立法者が大胆にも「その期間にかかわらず」と明言し、特にその制限を設けなかったのは、こうした理由によるものでしょう。

*1:建物に必要となった大修繕は、賃借人がこれを請求しないとき、又はこれにより賃借人に多少の不便を生じるときであっても、賃貸人はこれをすることができる。

*2:前項の規定にかかわらず、賃借人は、前項の修繕が1箇月より長く継続するときは、賃料の減額を請求することができる。その期間にかかわらず、右の修繕のためにその賃借物に住居することができる部分の全部又は商業若しくは工業に極めて必要な部分を失うべきときは、賃借人は賃貸借の解除を請求することができる。