【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第145条【賃借権の消滅事由】

第4款 賃借権の消滅

 

1 賃借権ハ左ノ諸件ニ因リテ当然消滅ス

第一 賃借物ノ全部ノ滅失

第二 賃借物ノ全部ノ公用徴収

第三 賃貸人ニ対スル追奪又ハ賃貸物ニ存スル賃貸人ノ権利ノ取消 但其追奪及ヒ取消ハ賃貸借契約以前ノ原因ニ由リ裁判所ニ於テ之ヲ宣告セシトキニ限ル

第四 明示若クハ黙示ニテ定メタル期間ノ満了又ハ要約シタル解除条件ノ成就

第五 初ヨリ期間ヲ定メサルトキハ解約申入ノ告知ノ後法律上ノ期間ノ満了*1

 

2 右ノ外賃貸借ハ条件ノ不履行其他法律ニ定メタル原因ノ為メ当事者ノ一方ノ請求ニ因リ裁判所ニテ宣告シタル取消ニ因リテ終了ス*2

 

【現行民法典対応規定】

本条1項

616条の2 賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。

617条 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。

一 土地の賃貸借 1年

二 建物の賃貸借 3箇月

三 動産及び貸席の賃貸借 1日

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

55 賃借権は多くの点で用益権に類似していることは、ここまでいろいろと見てきた通りです。その消滅原因もまたそれと大きな違いがあるわけではありませんが、本条と第99条とを対照すると、一方にあって他方にないものがあります。その逆もあります。ここで主要なものについて一言すると、用益権は用益者の死亡によって消滅しますが、賃借権では賃借人の死亡が消滅原因となっていません。用益権は主として用益者の一身に着眼して設定するものなので、その人が死亡すればもはや用益権設定の目的を達し終えたことになるためこの権利を消滅させることになりますが、賃借権は賃借人の一身に着眼したものではありません。単に賃借人が約した賃料に着眼して設定するものなので、賃借人が死亡しても消滅することなく、その権利は賃借人の相続人に移転します。

 用益権は用益者の放棄によって消滅しますが、賃借権は賃借人の放棄によって消滅することはありません。用益者は虚有者に対して何の義務も負わないので、自己の意思だけで放棄することができますが、賃借人は賃貸人に対して義務を負うので、放棄によってこの義務を免れさせるわけにはいきません。そのため、放棄を消滅原因としないのです。賃貸人・賃借人双方の意思で賃貸借を解除することができるのは当然ですが、これは賃貸借の消滅は合意によるもので、放棄によるものではありません。そして、「当然」消滅するものでもありません。

 用益権になくて賃借権だけにある消滅原因は、本条第5号に記載したものです。用益権については、期間の定めがない場合には用益者の終身に及ぶものとされているので、途中で解約を申し入れることは認められませんが、賃借権は終身権ではないので、はじめに期間の定めがない場合には、いつでも解約申入れをして、この権利を消滅させることができるとしました。

 要するに、用益権の消滅原因でも賃借権消滅原因とはならないものがあるわけです。また、賃借権の消滅原因でも用益権の消滅原因とはならないものもあります。これは、その権利を設定する原因、その権利の性質が異なることによって生じる違いです。

 

56 本条はまず賃借権消滅の原因として5つの事項を列挙しています。この事項が生ずる場合には賃借権は「当然」消滅するものとするので、当事者はこれとは別に裁判所の宣告を求める必要はありません。末段に示した場合と異なる点です。

 以下、この5つの事項について1つ1つ説明しましょう。

 ① 賃借物全部の滅失 賃借物の滅失がその一部にとどまる場合には、他の部分につきなお収益をすることができるので、賃借権は依然として存続します。ただ賃借人が第131条に従い賃料の減少・賃貸借の解除を請求することができるにすぎません。これに対し、賃借物が全部消滅した場合には、その原因が不可抗力だろうと賃借人の過失・懈怠だろうと関係なく、もはや収益をすべき目的物がなくなってしまっているので、その賃借権を当然に消滅させるしかありません。

 どのような場合に賃借物の全部滅失があったとすべきでしょうか。この点は事実によって判定を下すほかありません。土地が洪水により流失し、建物が火災により灰燼に帰するように、旧物がその形をとどめない場合には、誰もその全部滅失を疑わないでしょうが、土地が洪水により砂地となったり、建物が山崩れのために土中に埋没したりしたように、その物が有形的になお存在する場合は疑いがないとはいえません。

 フランスの学者やその判決例によると、賃借物が有形的に存在しても再び使用・収益をすることができなくなった場合には、これを全部滅失と同視すべきものとします。さらに、その物の使用・収益をすることができても、以前の用法で使用することができなくなった場合にも、全部滅失とみなさざるをえないとします。そのため、耕作のために賃借した土地が前例のように洪水で砂入地となったような場合には、その土地はなお存在していても、また他の用に供することができたとしても、再び耕作の用に供することができなくなった場合には、その賃借権は消滅したものとするほかありません。私は日本民法についてもこの解釈を採るべきだと考えています。賃貸借の目的は、その有体物にあるというよりはむしろその物の使用・収益にあります。そのため、これを契約の目的に使用・収益することができない場合には、目的がないことになってしまうので、その物が有形的に存在するかどうかを論ぜず、目的がないことになったという理由によりその契約上の義務が消滅したとするほかありません。使用・収益の報償は賃借人が依然としてこれを負担し、賃貸人が賃借人に使用・収益をさせずにこの報償である賃料を収めるという道理はありません。私がフランスの学者やその判決例を採用すべきだと断言するのをはばからないのはこうした理由からです。

 

57 ② 賃借物の全部の公用徴収 この場合にも賃借権は当然に消滅します。その賃借物は依然として有形的に存在していても、賃借人はこれを使用・収益することができなくなっており、前段で説明したように、賃貸借の目的がなくなってしまっているからです。ただこの原因が前段と異なるのは、前段の原因は法律上生じるもので、こちらの原因は事実上生じるものという点だけです。どちらも目的がなくなってしまっているので、法律はともに消滅の原因としたわけです。

 用益権については、用益物が公用徴収を受けた場合でも用益権は消滅しません。用益者はその償金について収益するものと定められています(第107条)。用益権は用益者の一身に着眼し、その終身の間または特定の期間の間、生計を営む困難を救済するために設定されたものなので、用益物が法律上の効力により金銭に変形したとしても、継続してその金銭について収益をさせるわけです。賃借権については、その設定は人の意思に着眼するものではありません。用益権の設定の場合とまったく同じく、その原因を異にするので、公用徴収を受ける場合には、賃借権は消滅し、賃借人はその償金について何らの権利を有しないものとしました。

 しかし、公用徴収の償金のうち賃借人のために支出された部分については、賃借人にはもとよりこれを取得する権利があります。賃借物である土地に賃借人が築造した建物の買上料・移転料のようなものがこれに当たります。これらの償金は賃借人の資格で受けるのではなく、公用徴収物の所有者として受けるものなので、賃貸借には関係ないといってよいでしょう。つまり、賃借人は償金について権利を有しない者と断定することができます。

 

58 ③ 賃貸人に対する追奪・賃借物に存する賃貸人の権利の取消し 賃借権は所有権の支分権ですので、所有権を有する者でなければこれを設定することができません。所有権を有しない者、例えば善意で自己の所有物と信じて自己の所有に属しない物を賃貸しても、もともと自分の有しない権利を他人に付与することはできませんので、その賃貸借が有効に存在することはできません。つまり、真の所有者がやって来て、その物を賃貸人より追奪する場合には、賃借権はこれによって消滅します。

 所有権を有する賃貸人でも、無能力、承諾の瑕疵、売主である前所有者に代価を弁済していないことなどといった理由により、その譲渡契約を取り消された場合には、未だかつて所有権を有したことはないものとみなされます。そのため、その約した賃貸借もまた消滅します。

 このように、賃貸人が真の所有者のためにその物を奪取されたり、法定の原因によりその所有の権利を取り消されたりした場合には、賃借権はこれにより消滅し、賃借人はその物を奪取したり、権利譲渡の取消しを得たりした所有者に対し、異議を主張することができません。ただ、賃貸をした者に対し、損害の賠償を請求することができるにとどまります。

 しかし、賃借権がこうした原因によって消滅するには、法律は2つの要件を具備することを求めています。そのため、この要件を具備しない場合には、賃借人は依然としてその権利を行使することができます。

 2つの要件とは、Ⅰ)追奪・取消しの原因が賃貸借契約以前に存すること、Ⅱ)追奪・取消しを裁判所で宣告したことです。

 この要件Ⅰを求めるのは、賃貸借契約でこれがいったん完全に成立し、しかも賃貸人が法律上有効に賃貸借をすることができるものである場合には、後に他の原因のためにその物を追奪されたり、その権利を取り消されたりしたとしても、そのために賃貸人が賃借人の既得権を害することはできないという理由に基づくものです。この要件を求めるのは当然のことで、もとよりあれこれ批判するところはありませんが、法律がわざわざこれを要件の1つとしてここに規定したことについては、疑問がないわけではありません。賃貸人に対する追奪の原因は必ず賃貸借契約の以前にあり、その後に追奪する原因が生ずることはなく、賃貸物に存在する賃貸人の権利の取消しについても、またおそらく賃貸借契約後にその原因が生ずることはないからです。

 要件Ⅱを求めるのは、追奪・取消しは、ともに当然に生ずるものではなく、必ず裁判所の宣告を必要とするものだからです。この宣告がない間は、賃貸人はなお完全な所有権を有するものとみなさなければなりません。

 

59 ④ 期間の満了・解除条件の成就 この条件は、A・B2つに分けて説明します。

 A 期間の満了 賃貸借の期間は、その契約でこれを予定することがあります。また、これを予定しないこともあります。これを予定した場合には、その期間が満了すれば賃借権は当然に消滅することはもとより疑いを容れません。

 この期間には明示のもの・黙示のものがあります。当事者はあらかじめ何年何か月間は賃貸借をする旨、何月何日までこれをする旨を約した場合には、その期間は明示されています。これに対し、年月日を指定せず、将来必ず生ずべき事件をはっきり指示した場合にも、明示の期間があるとすべきです。例えば、賃借人が自己の家屋の築造期間中は他人の建物を賃借するといったように、その築造の終了時期が未定でも、賃借人はその旨を指示して合意したような場合がこれに当たります。

 黙示の期間とは、賃貸借の終了年月日を指示せず、またはある将来の事件を指示しなかったとしても、双方の意思で暗黙に一致するところがある場合を指します。例えば、家屋を築造するに際して材木の置き場として隣地を賃借するという賃借人の意思は、工事中に限って賃借することにあるのは明らかなだけでなく、賃貸人もまたその賃貸物が特別な方法に使用されることを認知しているので、工事が終了するまで賃貸することを承諾したものと推定すべきです。

 B 解除条件の成就 前段に例示したように、将来必ず生ずる事件を指示し、賃貸借の終了時期を約するのではなく、将来生ずるかどうか不確定な事件を指示したにすぎない場合、例えば、在東京の官吏が地方の官吏に転任するときはその建物の賃借をやめると約したような場合には、これを解除条件付きの賃貸借とします。この場合には、その条件が成就し、つまり前例の官吏が地方の官吏に転任する場合には、賃借権は当然に消滅します。これは期間満了の場合とほとんど異なるところはなく、当事者があらかじめ合意したところだからです。

 

60 ⑤ 期間を定めない場合、解約申入れの告知後、法律上の期間の満了 当事者が明示・黙示の期間を定めず、単純に賃貸借の契約を締結することがあります。この場合には、当事者はいつでもその賃貸借を止めることができるかのようですが、法律は双方の意思を推定して、必ず一方より解約を申し入れ、その後、法律に定めた期間を満了するのでなければ、賃借権は消滅しないものとしました。第149条以下でこれを詳しく説明します。

 

61 以上の5つの場合には、賃借権は当然に消滅しますが、本条2項の場合にはそうではありません。裁判所で賃貸借の取消しを宣告することによってはじめて賃借権が消滅します。この場合には、第129条第2項・第131条第2項・第132条第139条第421条により、当事者の一方より賃貸借の解除を裁判所に請求したとき、賃貸または賃借人が無能力であること、その他承諾に瑕疵があることを理由として、第544条によって賃貸借の銷除を裁判所に請求したときに生じます。

 この2項の場合と第3号の場合とは、ともに裁判所の宣告を必要としますが、第3号の場合には、裁判所が直接に賃貸借の取消しを宣告するのではなく、賃貸人が前にその賃貸物の譲渡を受けたことが無効であることを宣告するにすぎません。これに対し、この2項の場合は、直接に賃貸借の取消しを宣告するものです。

*1:

1 賃借権は、次に掲げる事由によって消滅する。

 一 賃借物の全部の滅失

 二 賃借物の全部の公用徴収

 三 賃貸人に対する追奪又は賃貸物に存する賃貸人の権利の取消し ただし、その追奪及び取消しは、賃貸借契約以前の原因により、裁判所においてこれを宣告したときに限る。

 四 明示若しくは黙示に定めた期間の満了又は要約した解除条件の成就

 五 期間を定めなかったときは、解約申入れの告知の後、法律上の期間の満了

*2:前項に規定するもののほか、賃貸借は、条件の不履行その他法律に定める原因のため、当事者の一方の請求により、裁判所において宣告した取消しによって終了する。