【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第137条【賃借物の目録又は形状書の作成】

第3款 賃借人の義務

 

1 賃貸人其権利ヲ保存スル為メ賃貸物ノ目録又ハ形状書ヲ作ラント欲スルトキハ賃借人ハ何時ニテモ賃貸人カ己レト立会ヒテ之ヲ作ルヲ許諾スルコトヲ要ス但其書類ノ費用ヲ分担セス*1

 

2 賃借人モ亦賃貸人ヲ召喚シ立会ノ上自費ニテ右目録又ハ形状書ヲ作ルコトヲ得*2

 

3 形状書ヲ作ラサリシトキハ賃借人ハ修繕完好ノ形状ニテ賃借物ヲ受取リタリトノ推定ヲ受ク但反対ノ証拠アルトキハ此限ニ在ラス*3

 

4 目録ナキトキハ動産ノ実体及ヒ形状ノ証拠ハ賃貸人ノ責ニ帰シ通常ノ方法ニ従ヒテ之ヲ為ス*4

 

【現行民法典対応規定】

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

 

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

44 特別の契約がある場合のほか、賃借人はその賃借物の目録・形状書を作成する責任を負わないことは第127条に規定されています。しかし、賃借物が動産の場合にはその目録を、不動産の場合にはその形状書を作成し、その種類・品質・その他諸般の模様を記載しておくのは、賃貸人・賃借人双方のために大いに利益があります。他日紛争が生じた場合にはこれを証拠とすることができるからです。そのため、賃貸人がこれを作成しようとする場合には賃借人はこれに立ち会わなければならず、賃借人がこれを作成しようとする場合には、賃貸人はこれに立ち会わなければなりません。法律はこの立会いの義務を双方に負わせています。なぜなら、賃貸人か賃借人が1人で作ったものを証拠とするわけにはいかないからです。相手方がこれに立ち会って、その目録・形状書に署名捺印してはじめてその相手方に対する証拠としての効力を生ずるので、立会いの請求があればこれを許諾しなければならないと定めたわけです。

 本条第1項・第2項ともに同じようなことを規定していますが、その法文には違いがあります。第1項は、賃貸人について「賃借人はいつでも賃貸人が自らと立ち会ってこれを作成することを許諾しなければならない」とし、第2項では、賃借人について「賃貸人を召喚し、その立会いの上で云々」とされています。賃借物を引き渡した後は、その物は賃借人の手に移るので、賃貸人がその目録・形状書を作成しようとする場合には、賃借人が占有する土地・建物の中に入らなければなりません。そのため、賃借人がこれを拒否して入れない場合には、これを作成しようとしてもできません。法律は、賃貸人がその土地・建物の中に入ることも賃借人は許諾しなければならないということを示すために、第1項にこのような規定を置いたのです。また、賃借人が目録・形状書を作成するには、賃貸人を賃借物の所在後に招かなければならないので、第2項で賃貸人を召喚する権利があることを示したわけです。

 賃貸人が目録・形状書を作成する場合も、賃借人がこれを作成する場合も、いずれも単に自分の利益のためにするものです。そのため、これを作成するのに費用を要することがあっても、自分1人で負担すべきであり、決して相手方に分担させることはできません。

 

45 前段で説明したように、目録・形状書を作成するのは賃借人の義務ではなく、賃貸人と賃借人の権能にすぎません。そのため、これを作成しないことがあっても、それにより不利益をこれらに不利益を及ぼすべきではないといえます。そこで、第3項は「形状書を作成しない場合には、賃借人は修繕完全の形状で賃借物を受け取ったという推定を受ける」と規定し、目録・形状書を作成する義務がある用益者がその義務を履行しない場合(第75条)と同じように賃借人を待遇します。しかし、法律がこの推定をしたことには理由がないわけではありません。賃借人は第128条により物の引渡し前にその要望に従って一切の修繕を整えることを賃貸人に請求する権利があるので、その物が完全な形状でない場合にはその修繕を要求することができ、そうでなければ、形状書を作成してその不完全の証拠を保存すべきです。形状書を作成せず修繕も請求しない場合には、その物が完全な形状にあったためにそうしたのだと認めるのが相当です。これがこの法律上の推定の理由です。しかし、この推定は完全なものではなく軽易なもので、そのため、賃借人はすべての使用方法によってそのものの完全ではなかったことを証明することができます。

 動産について、その目録を作成しなかった場合にはどうでしょうか。第4項には「目録がない場合には、動産の実態・形状の証拠は、賃貸人の責めに帰する云々」とあります。そのため、不動産の形状書を作成しない場合とは異なり、賃借人はその動産の目録を作成しなくとも、そのために不利益を受けることはなく、かえって賃貸人にその実態はどうだったかその形状はどうだったかということを証明しなければならないこととしています。その証明をできない場合には、返還を受けるときの形状でその物を賃貸したとの推定を受けることになります。動産は使用によって品質が低下しやすく、完全であるものは多くはないからです。

 賃貸人が動産の実態・形状を証明するには、通常の証拠方法に従わなければなりません。そのため、第75条第2項に規定するように世評でこれを証明することはできません。世評は証拠としてみだりに許すべきものではないからです。いたずらに争訟を惹起するおそれがあるというのがその理由です。

 賃貸人がこの不利益を避けたいのであれば、法律が与えた権能を行使し、あらかじめ目録を作っておくほうが得策です。

*1:賃貸人がその権利を保存するために賃貸物の目録又は形状書を作成しようとするときは、賃借人はいつでも賃貸人が自己と立ち会ってこれを作成することを許諾しなければならない。ただし、その書類の費用は分担しない。

*2:賃借人は、賃貸人を召喚し、立会いの上、自費にて賃借物の目録又は形状書を作成することができる。

*3:形状書を作成しないときは、賃借人は修繕完全の形状にて賃借物を受け取ったものと推定する。ただし、反対の証拠があるときは、この限りでない。

*4:目録がないときは、動産の実体及び形状の証拠は、賃貸人の責めに帰し、通常の方法に従ってこれをするものとする。