1 賃借人ハ其収益ヲ始ムル為メニ定メタル時期ニ於テ賃借物ノ占有ヲ賃貸人ニ要求スルコトヲ得*1
【現行民法典対応規定】
なし
※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。
19 賃借人の権利は用益者の権利と同じです。用益者は、第49条に従い、その権利が発生したときに始期の定めがあれば、その期限が到来したときにその用益権が設定されている物の占有を求めることができるものとされています。そのため、賃借人もまたその収益を開始するために定めた時期が到来したときは、同じくその賃借権が設定されている物の占有を求めることができるものといわなければなりません。仮に賃借人の権利が用益者の権利と同じではないとしても、賃借権は物権かつ人権です。物権によりその物の回収を求め、人権により賃貸人に対しその物の使用・収益を自らにさせることを求めることができるのは条理上当然のことで、法律の規定を待つまでもありません。
そうすると、本条は実に無用の法文のようですが、そうではありません。立法者が本条を設けたのは、「然レトモ」以下のことを規定する必要があったからです。用益者については、第49条で不動産形状書・動産目録を作成し、保証を立てる義務を履行した後でなければ、その用益権の設定された物の占有を要求することができないとしていますが、賃借人については、これらの義務を負担させず、無条件で直ちに賃借物の占有を求めることができることとするために本条を設けたのです。この目録・形状書を作成し、保証人を立てる責任を負わせないという点は、前条にいう法律の規定から生ずる権利の増減に当たり、賃借権が用益権と異なるところの1つです。
なぜ賃借人にはこれらの責任を負わせないのでしょうか。起草者は、この責任免除は、賃借人の権利は有償名義で取得したものなので、特に賃貸人だけの利益になる多くの方法を賃借人だけに負担させるのは正当ではないという理由に基づくものだとしています。また、目録・形状書を作成する費用は賃貸人・賃借人がそれぞれ折半すると定めることはできますが、保証人を立てることは非常に困難です。賃貸借契約は双務契約なので、賃借人にその義務を担保する保証人を立てさせるとすれば、賃貸人にもまたその義務を担保する保証人を立てさせなければならないからです。賃借人だけが保証人を立てるべきだと定めるのは不自然でしょう。立法の趣旨はこの点にあります。しかし、有償なので目録・形状書を作成する義務を免除することが妥当だとすれば、有償で設定した用益権についてもまたその責任を免除しなければならないことになります。そこで、立法者は有償で設定した用益権についてもまたその責任を負わせつつも、ただその目録の費用等を用益者・虚有者に分担させることにしたのです(第73条2項)。つまり、用益権設定が有償か無償かにより費用の負担方法は異なりますが、目録等を作成する義務は免除されません。そのため、賃借人に対しては常にこれを免除することになりますが、その理由はやや不十分なところがあります。また、この目録等の作成が特に賃貸人だけに利益のあるものかといえばそうでもありません。この目録等によって賃借人がその権利の行使範囲を証明することがあるので、賃借人もまた賃貸人とともにこの利益を受けることになります。そのため、この理由もまた十分なものではありません。保証人については、賃借人だけにこれを立てさせるのは公平でないというのは起草者の言う通りですので、この責任を免除したことはあえて非難すべきことはありません。
このように、法律は賃借人の利益のために目録・形状書を作成し、保証人を立てる責任を免除していますが、前条で説明したように、賃貸人・賃借人相互に合意して目録等を作成し、双方あるいは一方だけが保証人を立てることができることは当然です。これが、ただし書を設け、契約によってその責任を負うときは云々との注意を加えた理由です(第137条)。
20 賃借人が賃借物の占有を求めるにもかかわらず賃借人がこれに応じない場合はどうなるでしょうか。「ポチエー」はこの疑問に、賃貸人の義務は作為義務ではなく引渡義務なので、賃貸人が拒んでも公力で引渡しを強制することができると答えています。これに付け加えると、たとえこの義務を作為義務だとしても、賃借人はその引渡しを強制することができます。その履行のために賃貸人の身体を拘束するわけではないからです。日本民法は第382条でこのことを明文で定めています。つまり、第382条に従い、賃借人は直接履行を求めることができるのは当然です。
賃貸人がその物の引渡しをしない前にその物の真の所有者に取り戻されたりしたために、ついに引き渡すことができなくなった場合には、賃借人は賃貸人に対し損害賠償を求めることができ、一般的にも、賃貸人が引渡義務を履行しない場合には、賃借人は第421条に従いその契約の解除を求めることができます。これらのことはすべて第118条で明言されている通りで、賃貸借契約は有償・双務契約の一般の規則に従うべきだからです。