【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第108条【池沼の用益権の消滅等】

1 池沼ノ用益権ハ水ノ乾涸シテ旧状ニ復スル見込ナキトキハ消滅ス*1

 

2 又土地ノ用益権ハ水ノ浸没シテ旧状ニ復スル見込ナキトキハ消滅ス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

410 本条の規定は、407で建物について説明したのと同一の理由に基づくものです。そもそも池沼の水が完全に干上がってしまうと、地盤に変更はないものの、もはや池沼の実体を失い、土地に変わってしまいます。これに対し、土地が水没してしまうと、池沼・湖・海に変わってしまい、それを土地と見ることはできません。そこで、池沼に用益権を設定した場合にその水が干上がったときは、用益物が全部毀滅したとみなしてその権利を消滅させ、土地に用益権を設定した場合にこれが水没したときは、同じくその権利を消滅させることにしました。建物と土地・池沼とで区別する理由はないからです。

 しかし、沼地の水が干上がっても、それだけで直ちに用益権が消滅したとすることはできません。大干ばつにより一時的に干上がっても雨が降ればすぐに原状に戻ります。長雨や洪水で土地が一時的に水没しても、雨がやんで水が引くと直ちに元の土地となります。そのため、用益権が消滅するとすべきではありません。そこで、本条では、池沼であれ土地であれ、いずれも原状回復の見込みがない状態に至ってはじめて用益権が消滅するものとしました。要するに、一時的な変化は用益権の存滅に関係なく、永久的な変化の場合にだけこの権利を消滅させることにしたわけです。

 本条には原状回復の見込みがない場合には消滅するとありますが、その見込みの有無は誰が判定するのでしょうか。また、何に基づいてこの判定を下すべきなのでしょうか。その見込みの有無は関係人つまり虚有者と用益者が判定すべきで、双方の意見が一致せず訴訟となった場合には裁判官が判定すべきでしょう。その見込みの有無は、その干上がった現状や水没した現状に照らし、かつその原因を調査してはじめて判定を下すべきで、この点は事実問題に属します。そのため、訴訟となった場合には事実裁判官の判断に一任せざるをえません。法律審である上告裁判所はこの問題に立入り、事実問題の判定をすることはできません。

 このように、いったん事実裁判官の判決を経て、原状回復の見込みがないと確定した以上は、以後図らずもその池沼やその土地が原状回復することがあっても、こうした理由から前の判決を左右することはできません。関係人双方ともに原状回復の見込みがないとし、用益権消滅の時にすべき処置をとった後に原状回復した場合でもまた同じです。いったん用益権が消滅したと決定し、その措置をとった以上は再びこの権利を復活させることはできません。

 草案の起稿者は、この場合を想定して本条に次の1項を加えていました――「しかし、土地の不使用が30年経過する前に、消失していた水が再び自然に生じた場合や水没が自然に止まったりした場合には、たとえ本条によって用益権が消滅するとの判決があったときでも、用益権は復活する。」。

 この理由は、おおよそ次のように説明されています。つまり、法律は原状回復の場合を予定しなければならず、この場合に用益権が復活するとするのは理論上最も妥当で、その判決があったかどうかにかかわらずなおこの権利を復活させるのは、法律が用益者に大きな恩恵を与えるもので、このように既判力について例外を設けるのは、裁判所が原状回復の見込みがあるかどうかを審理するために永久無限の時間がかかることがないようにするためだとします。そして、その判決は常に未必的に解除すべき性質を有するものだとするのです。

 フランスでは、用益権が復活する点について起稿者と同じように考える学者が少なくありません。「デルウァンクール」・「ヂユラントン」・「ドモロンブ」・「ドマンジヤ」がそうです。これらは、建物が焼失した場合には、後日再び建造してもその再築建物は旧建物ではなくまったく別物なので用益権は復活しませんが、水没した土地はいったん水が引けば原状を回復し、その土地は依然として旧土地であり別個の土地となったわけではないので、この場合には用益権ははじめから消滅しなかったものとします。一時的に妨害された場合には、用益権が復活するというよりはむしろその妨害を除去するために再び使用するというべきで、いずれの点から論じても用益権を消滅させる理由はないとします。

 こうした考え方にも一理あります。いや、むしろ真理にかなうものといえるでしょう。しかし、わが立法者は起稿者が加えた1項を削除してこれを採用しませんでした。さらに、法文で明らかに「見込み」がない場合には消滅するとし、その消滅の原因を物の変形に求めず、人の見込みつまり「判定」によって消滅するかどうかが定まるとしました。そのため、いったん原状回復の見込みがないと判定されれば、後日原状回復してもそれにより既に消滅した権利が復活することはないと解釈するほかありません。

 なぜ立法者はこのように用益者に不利な規定を置いたのでしょうか。先に述べたように、なるべく速やかに用益権を消滅させ、これを虚有権に合一させて完全所有権を構成させるためとしか考えられません。

*1:池沼の用益権は、水が乾涸して旧状に復する見込みがないときは、消滅する。

*2:土地の用益権は、水が浸没して旧状に復する見込みがないときは、消滅する。