【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第70条【用益権の消滅と虚有者の権利等】

1 用益権消滅ノ時用益者又ハ其相続人カ前条ニ従ヒテ収去スルコトヲ得ヘキ建物及ヒ樹木等ヲ売ラントスルトキハ虚有者ハ鑑定人ノ評価シタル現時ノ代価ヲ以テ先買スルコトヲ得*1

 

2 用益者ハ虚有者ニ右先買権ヲ行フヤ否ヤヲ述ブ可キノ催告ヲ為シ其後十日内ニ虚有者カ先買ノ陳述ヲ為サス又ハ之ヲ拒絶シタルトキニ非サレハ其収去ニ著手スルコトヲ得ス*2

 

3 虚有者カ先買ノ陳述ヲ為シタリト雖モ鑑定ノ後裁判所ノ処決ノ確定シタル時ヨリ一个月内ニ其代金ヲ弁済セサルトキハ先買権ヲ失フ但損害アルトキハ賠償ノ責ニ任ス*3

 

4 用益者又ハ其相続人ハ代金ノ弁済ヲ受クルマテ建物ヲ占有スルコトヲ得*4

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

301 前条第3項に、用益権が消滅する時に用益者は自己の設けた建物・樹木等を収去することができるという規定が置かれています。この規定に従い、用益者(有期で用益物を設定し、用益者の生存中に用益権が消滅した場合)が建物・樹木等を収去しようとする場合には、虚有者はこれに反対することはできません。しかし、用益者や相続人が自ら建物・樹木等を収去するのではなく、これを他人に売却しようとする場合には、虚有者は他人に先んじてこれを買い取る権利を有します。これが本条第1項に規定するところで、これを虚有者の「先買権」といいます。

 虚有者の有する先買権は日本民法が新設したもので、フランス民法第555条の添付の場合に行使される先買権を模倣したものだと思われます。

 このほか先買権については、本編第31条・財産取得編第11条に規定があります。

 

302 本条は第1項で虚有者の先買権を設定し、第2項以下ではこの先買権の行使に関する規定を置いています。この規定がなければ、先買権を行使するに関して種々の紛争を惹起してしまい、これを処分する標準がなくなってしまうためです。

 用益権が消滅し、用益者が建物・樹木を売却しようとする場合には、用益者から虚有者に先買権を行使したいかどうかを問い、決答すべき旨を申し入れます。

 土地の所有者は、既に用益権が消滅したことを知らないことがあります。用益権の多くは用益者の死亡によって消滅するものだからです。そのため、法律は用益者・その相続人に対し虚有者に云々の申入れをする義務を負担させています。

 この申入れは、普通の書翰や使者で行うことがあり、公吏の取次ぎで行うこともあります。普通の書簡・使者で申し入れ、先方がこれに応答した場合には、その申入れは当然に有効です。しかし、先方で書翰・使者を受けていないと主張すれば、これを証明するのは困難です。この困難を避けるために公吏を設け、これに頼って催告することが定められています。この催告に任ずべき者は執達吏です。

 虚有者はこの申入れを受けた場合には、勘考のために10日の猶予期限を有します。10日間に先買権を行使するという決答をしない場合には、当然にその権利を失います。そのため、虚有者が先買権を行使する旨を10日以内に決答しないか、これを行使しない旨を答えた場合には、用益者・その相続人は、建物・樹木を収去することができます。

 虚有者先買権を行使する旨の陳述をしても、その先買権はまだ行使されているわけではなく、なお代金の弁済をすることが必要です。代金を弁済せずに先買権を行使するという論理はないからです。

 代金を定めることについては、まず協議でこれを行うべきですが、協議が不成立に終わった場合には裁判所の判決に従います。本条第3項は協議が不成立だった場合のために設けられたものです。裁判所の判決を要するに至った場合には、裁判所は鑑定人に評価させた後、その価額を判決することが必要です。

 この判決に対しては、通常の判決のようにこれを控訴・上告することができることは当然です。その確定した時から1か月以内に代金を弁済しない場合には、虚有者は先買権を失うだけでなく、そのため用益者に損害を加えたときはこれを賠償する責任を負います。

 虚有者は、自ら代金を弁済せずにその失権を主張し、売買を解除することはできません。これは自己の過失を理由として自己に解除権があると主張することを許さないという原則です。そのため、虚有者が代金を弁済せずとも、用益者はなお売買を主張し、代金の弁済を強いることができます。また、用益者はその便宜に従って売買を解除すること、建物を取り壊すこと、樹木を引き抜くこと、これを売却することができます。このようにしてもその売却代金がなお虚有者の約束した売買代金に達しない場合には、その差額は用益者の受けた損害となり、虚有者にこれを賠償させることができます。

 虚有者が先買権を行使して直ちに建物を引き渡す場合には、虚有者が代金を弁済しない中で建物を毀損して用益者に損害を加える可能性があります。そのため、法律は用益者やその相続人を保護しようとして、その代金の弁済があるまでは建物を占有することを認めています。これが留置権で、担保編第92条以下にこれに関する規定が置かれています。この留置権は、建物についてのみこれを認め、樹木については認めていません。樹木については特に用益者を保護する必要がないからです。

 本条には、裁判で代価を定めた場合には1か月以内にこれを弁済しなければ先買権を喪失することを規定し、協議でこれを定めた場合については規定を置いていません。協議でこれを行う場合には、すべて協議で処分すべきで、協議が不成立に終われば裁判所の判決を請求すべきことになります。

 本条第1項では用益者・その相続人とし、第2項では単に用益者として相続人を略しています。これは第2項の場合に特に相続人を除いたわけではありません。ただ文を略したにすぎないもので、民法の中にもこの類の文例はたくさんあります。前条に詳密に規定した場合には、次条で文を省略することもあるのです。

 

303 そもそも先買権は一種の特権です。特権は公権に関するものと私権に関するものとを問わず、簡単にこれを法律に定めるべきではありません。特権の制度は人民を法律に対し不平等にするもので、権利の原則に背反するからです。そのため、やむをえない事情がある場合にはじめて特権の制度を設けることがあります。今の日本民法は、外国の例にならわず、虚有者に先買の特許を付与しました。その理由はどこにあるのでしょうか。

 原案では、用益権が消滅した場合には、用益者・その相続人が建物・樹木等を売却しようとするのと、自らこれを収去しようとするのとを問わず、すべての場合に虚有者は先買の権利を有することとしました。しかし、用益者・相続人が決して建物・樹木を他人に譲渡することを望まない場合もあります。例えば、由緒縁故あるもののようなものがそれです。また、売却代金が低廉な場合には、所有者はその売却によりわずかな金銭を得るより、むしろこれを保存することを希望するものです。所有者が保存することを望んでも強いて法律がそれを売却させるのは、法理・人情において穏当なものとはいえません。そのため、原案を修正して、所有者が売却しようとする場合に限り虚有者が先買権を有することとしたのです。これを原案と比べると、大いに特権の限度を画したことになります。しかし、その特権としての性質は依然として残っています。このように特権の程度を限定するのであれば、特権を新設する必要はほとんどないことになるでしょう。

 

304 原案でこの特許を許与した理由を説明しました。その大要は、そもそも既に築造した建物を取り壊す場合には、その築造・取壊しのために要する入費はまったく無用に帰してしまい、これは天下の経済のために大きな不利益となるので、本条の場合には、建物・樹木はこれを土地の所有者に帰属させる方法を追求しようとするものでした。これは個人の利害にかかわらず、公衆の利益を追求する趣旨です。そもそも特権の制度を定めると、多少他の権利を妨害することがあります。ここで本条に定めた特権の理由は、原案の説明で述べられていることにすぎません。この理由と本条の特権との軽重はどうでしょうか。また実際の特質はどうでしょうか。これらはさらに研究すべき点です。

 虚有者がこの先買権を行使しようとする場合には、その代金は用益者・相続人と協議してこれを定めなければなりません。協議が不成立に終われば裁判所の判決を請求すべきことは上に述べた通りです。では、その価格を定めるには、建築・栽植をしたときの出費に従うべきか、それとも先買権を行使する当時現存の価格に従うべきでしょうか。フランス民法(第555条)の添付の場合の先買権に関しては、建築・栽植の当時に出資した材料の代金・工作栽植の手間賃の総高に従うという規定があり、学者はこれには弊害があると論じています。そのため、日本民法は先買権を行使する当時、建物・樹木と土地とを合わせて有する価格の割合に従うべきものと規定しました。本条第1項に「現時の代価」云々とあるのはこの意義です。これを詳言すれば、土地に建物・樹木がある場合には、その土地と建物・樹木とを各別に評価してこれを合計した価額と、土地と建物・樹木を付着したままで評価した価額とでは、大きな差異が生じることがあり、本条の趣旨はこの末の方法で評価した価額に従うという意味です。

 建物のようなものは、建築入費と建築後との価格とでは大きな差異があります。特に日本の家屋のようなものは、売却代価はほとんど建築入費の半額程度です。そのため、本条の規定は用益者に不利なようにも思えますが、用益者はもともと他人の土地の上に建築したもので、早晩その建物を取り払うか、売却せざるをえないことを予知しています。用益権消滅の時に建物を取り壊すよりもむしろこれを建据えで売却するほうが便利だといえるでしょう。

*1:用益権が消滅する時において、用益者又はその相続人が前条に従って収去すべき建物及び樹木等を売却しようとするときは、虚有者は鑑定人の評価した現時の代価で先買することができる。

*2:用益者は、虚有者に前項の先買権を行使するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その後10日以内に虚有者が先買の陳述をせず、又はこれを拒絶したときでなければ、その収去に着手することができない。

*3:虚有者が先買の陳述をしたときであっても、鑑定の後裁判所の処決が確定した時より1か月以内にその代金を弁済しないときは、先買権は消滅する。ただし、損害があるときはこれを賠償する責任を負う。

*4:用益者又はその相続人は、代金の弁済を受けるまで建物を占有することができる。