【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第94条【特定財産が抵当権等の目的になっている場合等】

1 特定財産ノ用益者ハ其用益財産カ抵当又ハ先取特権ヲ負担スルトキト雖モ設定者ノ債務ノ弁済ヲ分担セス*1

 

2 用益者カ所持者トシテ訴追ヲ受ケタルトキハ債務者ニ対スル求償権ヲ有ス 但用益権ノ設定者又ハ其相続人ニ対スル追奪担保ノ訴権ヲ妨ケス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

376 特定財産の用益者とは、前条で包括財産の用益者とする者を除くほか、すべての用益者を指します。しかし、これを第16条による特定物の用益者と解することはできません。例えば、定量物に設定した用益権は、もとより特定財産の用益物です。また、集合物もその多くは特定財産となります。本条に抵当とあるのは特定財産の場合です。先取特権については不動産・動産それぞれの場合があります。

 特定財産の用益権を取得した者は、もとより設定者の相続人ではありません。そのため、相続の債務には関係ないということは、特定財産の受遺者と同じです。これは法文に掲げるまでもなく明らかですので、本条ではこれを述べていません。しかし、用益権を設定した特定の財産の上に負担すべき債務がある場合には、疑問を生じるおそれがあります。用益者はこの場合でも元本と利息との区別をせずに債務を負担することはありません。これが、本条が主として規定するところです。

 「特定財産の上に、ある債務を負担する」とは、これに物権を設定した場合を指します。物権には数種類がありますが、抵当権と先取特権はその中の主たるものなので、この2種類について本条に規定を掲げたわけです。

 例えば、用益権を設定した建物が既に他人の抵当権の目的となっていることがあります。先に用益権の設定を登記し、後に抵当権を登記した場合は、本条に関係がありません。この場合には抵当権者は用益者に対して何の請求もすることができないからです(担保編第248条)。抵当権が先に登記され、債務者が債務を弁済しない場合には、抵当権者は担保編第248条により用益者に対して債務の弁済を請求することができます。この場合には、用益者は同編第252条に示す方法の1つに従わなければなりません。つまり、その債務を弁済して不動産を保存する、これを委棄する、購買させる、といった方法です。

 例えば、土地を買い受けた者が、まだその代金を支払わないままにその上に用益権を設定することがあります。この場合には、売主はその土地について先取特権を有します。買主が代金を支払わず、売主がその先取特権を用益権の登記に先立って登記した場合には、売主は用益者に対して先取特権を行使することができます。つまり、用益者は上の抵当権の場合に掲げたような方法に従わなければなりません(担保編第166条第189条第194条)。

 そのため、用益権を設定した財産が抵当権の目的となったり、その上に先取特権があったりする場合には、用益者は大きな影響を受けます。しかし、特定財産の用益者はその債務の弁済を負担しないので、その損失した金額の賠償を請求する権利を有します。これが本条第2項の規定するところです。

  そもそも抵当権や先取特権を有する者は、その権利が設定されている財産を所持する者に対し、それが誰かを問わず、債務の弁済を請求することができます。上に述べたように、このような請求を「訴追」といいます。用益者が訴追を受け、多少の出費をした場合には、これを賠償させるのに2つの方法があります。

  債務者に対して求償権を有するというのがそれです。ここに債務者とありますが、これは用益権の設定者ではない人を想定したものです。例えば、建物の所有者がこれを抵当権の目的とし、その後これを他人に譲渡し、その譲受人が用益権を設定したような場合です。この場合には、設定者は債務者ではありません。用益者と譲渡人とは、もともと直接の関係がないものですが、用益者がその債務を弁済した場合には法律上当然に債権者の地位を占め、譲渡人に対して直接の債権者となります(第482条第1号)。これを「代位弁済」といいます。本条に定める用益者から債務者に対する求償権は、この代位法を適用するもので、本条で特に用益者のために求償権を定めたわけではありません。

 用益者が代位法によって求償権を行使する場合には、そのような用益権を有する土地は用益者にとっての抵当権の目的となったものであり、遂にその虚有権をも合わせて自己に帰属させることがあります。

  用益者はなお、用益権の設定者やその相続人に対し、追奪担保の訴権を有します。

 追奪とは、自己の権利と心得て他人に譲渡したのに、正当な権利者があってこれを取り戻した場合の類、また本条に掲げたように、抵当債権者が既に抵当権の入主を離れて第三者に移転した抵当物を差し押さえて公売に付した場合の類をいいます。

 追奪担保については第395条に規定があります。そもそも物権・人権を問わず、 権利を譲渡した者は、譲渡以前の原因や、自己の責任に帰すべき原因に基づいて追奪を担保する責任を負うものです。また、第396条に、担保は有償行為については反対の要約がなければ当然存立し、無償行為についてはこれを諾約したのでなければ存立しないとあります。そのため、本条にいう追奪担保権訴権もまた、第396条の原則に従い、有償・無償の区別をしなければなりません。つまり、無償の行為で用益権を取得した者は、当然には追奪担保の訴権を有しません。

 本条第2項には、債務者と設定者とをそれぞれ別人として仮定していますが、債務者と設定者とが同一人の場合には、用益者はその者に対して求償権や追奪担保の訴権を有します。また、用益者は以上2種類の権利の中の場合に従い、どれでもこれを行使することができます。前後の区別があるわけではありません。

 

377 本条にはただ抵当権と先取特権の2種類だけが掲げられていますが、本条を適用すべきなのはこの2つの場合に限られません。例えば、設定者やその前所有者が地役権を設定することもあります。その地役権の行使のために用益者が損害を受けた場合には、本条により求償権や追奪担保の訴権を行使することができます。その他なお数種の物権がありますが、本条を適用すべき場合はありません。

 ここで1つ問題があります。例えば、特定財産の虚有権をAに遺贈し、その用益権をBに遺贈し、用益権が消滅した場合には、Aに完全所有権を取得させることがあります。遺贈者がその財産を他人の抵当権の目的とした場合にはどうなるのでしょうか。用益者がその所持者として訴追を受け、遺贈者の債務を弁済した場合には、もとより遺贈者つまり設定者の相続人に対して求償権を有することになるでしょう。虚有権の遺贈を受けた者に対しては求償権を有するでしょうか。

 この場合には、虚有権の受遺者は特定権原の承諾人で、遺贈者の身位を代表しません。そのため、設定者として追奪担保の訴えを受けませんが、債権者の請求はただ用益権のみにとどまらず、虚有権をも包含するものなので、用益者の立て替えた一部は虚有者のためということになります。そのため、本条を適用するのではなく、事務管理の原則により、虚有者に対して求償権を有することになるでしょう。これを虚有者の側から考えると、その立替えは虚有権については債権者の請求以後将来に向かって効果を生じ、用益権についてはその消滅後将来に向かって効果を生じます。そのため、虚有者は用益権消滅の時に立替金の全額を返還する義務を負います。用益者は本条の規定により少しも負担しないので、用益者の価格に相当する金額の利息については、これを虚有者に請求することができませんが、遺贈者の相続人に請求することができます。

*1:特定財産の用益者は、その用益財産が抵当又は先取特権を負担するときであっても、設定者の債務の弁済を分担しない。

*2:用益者が所持者として訴追を受けたときは、債務者に対する求償権を有する。ただし、用益権の設定者又はその相続人に対する追奪担保の訴権を妨げない。