【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第115条【賃貸借】

第3章 賃借権・永借権・地上権

第1節 賃借権

 

動産及ヒ不動産ノ賃貸借ハ賃借人ヨリ賃貸人ニ金銭其他ノ有価物ヲ定期ニ払フ約ニテ賃借人ニ或ル時間賃借物ノ使用及ヒ収益ヲ為ス権利ヲ与フ但後ノ第二款及ヒ第三款ニ定メタル如ク合意ニ因リ又ハ法律ノ効力ニ因リテ当事者ノ負担スル相互ノ義務ヲ妨ケス*1

 

【現行民法典対応規定】

601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

 所有権・用益権等が物権であることについて争いはありません。これは権利の性質からもそうでなければならないものです。これに対し、賃借権については、これを物権とする者、これを人権とする者がいます。それはなぜでしょうか。この権利は法理上必ずしも物権といえないものでも人権といえないものでありません。国の習俗・習慣によっては人権としてもよいこともありますし、実利・実益のためにこれを物権としてもよいこともあります。法律はこれをどちらにもすることができるからです。

 ローマ法は賃借権を人権としていました。そのため、ローマ法を模範とした国はすべてこれを人権とし、物権としたものはありませんでした。

 フランスでは、古くからこの権利を純粋な人権としていましたが、民法1743条で「賃貸人はその賃貸した物を売り渡した場合でも、買受人は賃貸借の公正証書又は確定日付ある証書を有する賃借人を退去させることができない」と規定しているので、学者の説は2つに分かれ、Aは法律の変更によって物権に変質したとし、Bはこの規定にかかわらずなお人権のままであると説き、「トロプロン」は最も熱心A説を主張しています。しかし、この条文はただ売買の場合に賃借人が買受人に対抗できることを規定したまでで、どのような場合にも賃借人が第三者に対抗できることを認めたものではありません。そのため、この特別な規定があるために一般の物権に変質したと説くのは、牽強付会であることを免れません。これが今日ではフランスの学者がA説を捨て、B説に賛成する者が多い理由です。

 このようにローマ法もその他の先進国の法も、すべて賃借権を人権としているにもかかわらず、わが国だけがこれを物権としたことには理由があります。古来の習慣がその理由とは私には信じられません。民事慣例類集には次の数節があります。

 ○ 永小作水入は、最初永代小作の契約書を取り、作徳米の未納がなければ、どのような事情があっても地主はそれを取り返すことができない。「地主がその地所を他人に売り渡しても、小作権は依然として変わらない慣例」。(越後国蒲原郡)

 ○ 永小作は、年貢諸掛ともにすべて小作人より直接に名主へ納め、受取書も小作人宛に差し出す。作徳米未納の場合を除き、転貸・荒蕪するに至っても、地主はこれを取り返すことができない。また、用水・浚い作場・道・橋の修復等の入費もすべて小作人が弁ずる。ただし、非常の諸掛(戊辰の兵役のような)の場合には地主が弁ずる。「地主が地所を他人に売り渡しても小作人は変わらない慣例である。」(同国同郡)

 以上は永小作つまり新法にいう永借権についての慣例で、この権利を物権としたもののように思えます。しかし、これは越後国蒲原郡の慣例にすぎず、一部を捉えて全体を評すべきではありません。同国魚沼郡の慣例はこれとは少し異なります。次の一節を見てみましょう。

 ○ 田畑水入(小作の総名)は1年を期限と定め、引き続き水入するには毎年証文書を改める。このようにして徳米の不納なく10年続けて水入する者は、永水入証書に書き改めずとも永水入とみなす。徳米の不納がなければ、地主は容易にこれを取り返すことができない。「地主がこの地所を他人に売り渡した場合には、永水入に小作させるかどうかは後の地主の自由である」。

 このように、魚沼郡の慣例では永借人は第三者に対抗することができないとされています。同じ国でもこのような違いがあり、日本全国の慣例がさまざまであることは容易に推知できるでしょう。そのため、古来の習慣に基づいて賃借権を物権としたのではないことは火を見るより明らかです。

 賃借権を人権とするのが学理上は妥当でしょう。ただ心配なのは、これにより国家の経済に大きな害が及ぶことです。例えば、全国4000万の人々がすべて土地・建物を所有するか、将来これを所有する望みがあるか、これをそうだと断言できる者はいないでしょう。河は時が来れば清らかになりますが、この望みは決して達せられることはないからです。そのため、土地・建物の賃貸借は社会に必要かつ人生に不可欠の契約で、法律は最もこれに保護を与えなければなりません。この権利を人権とすれば、賃借人である第三者は対抗する権利がないので、安心してその生業を営むことができず、十分にその土地・建物を利用することができなくなるでしょう。高価な肥料を投じて土地を改良し、これにより長きにわたって利益を得ようとしても、賃貸人が明日にでもその土地を他人に売り渡してしまえば、自分は退去させられるかもしれません。建物についても同様です。汽器を据え付けて工業を営んだり、店頭を飾って商業を営んだりして世間の信用を得て名声を高めたとしても、賃貸人の債権者がその建物を差し押さえてこれを競売に付し、第三者である競買人がすぐに退去を命ずれば、これに応じなければなりません。このような有様となれば、誰が安心して資本をその賃借物に投下するでしょうか。その身は浮標の上に座して、今日は東に明日は西にと追われ、1日も安らぎを得ることができず、人心は安らかになりません。これでは農工商業の発展は望むべくもありません。これが、この賃借権を人権とすると国家の経済に大きな害を与えるという理由です。

 賃借権を人権としても大きな不都合はないとする者もいます。賃貸人はその賃貸物を他人に売り渡し、それにより賃借人の権利を害した場合には、賃借人は前の賃貸人に対して賠償を請求すればよいからです。この方法があれば賃借人は安心してその生業を営むことができるというのは誇大に過ぎるでしょう。確かに賃借人は賃貸人に対して賠償を求めることができますが、賃貸人が無資力であれば賃借人のその権利は中身のないものとなり、これを行使することはできません。権利を有しないのと同じでしょう。たとえ賃貸人に資力があったとしても、賠償させるべきものは有形的な損害にとどまらざるをえません。商業のようなものは、その店舗の所在が大いに興廃に関係します。A街からB街に移っても、その内情を知らない者はその家が衰退したものだと考え、これを信用しなくなり、顧客が大きく減少することもあるでしょう。このような無形の損害はどうやってもこれを回復するのでしょうか。賃借権を人権とすれば賃借人の権利を保護するには不十分で、その弊害がひいては国家の経済に大きな害を及ぼすことを認識すべきです。

 フランス民法第1743条が置かれたのは、この経済上の大きな害を防ぐためでしょう。しかし、この条文は単に売買だけについて賃借人が第三者に対抗できることを規定するにとどまり、一般の場合に及ぶものではありません。そのため、第三者がその占有を妨害しても賃借人は自らこれを排除することができず、賃貸人にその排除を求めるほかありません。また、その賃借物の働方または受方の地役について要請・拒却の訴権を行使することもできません。このほかにもさまざまな不便が生ずることは必然です。そのため、フランス民法の例にならって若干の特例を設けても、賃借人の権利を保護し、これに安心を与えることが到底できないことは当然でしょう。

 要するに、日本民法の賃借権を物権としたのは、古来の旧慣によるものではなく、第1に国家経済に大きな害が生ずることを防ぎ、賃借人に安心して生業に従事し、これにより農工商業を十分に発達させるためなのです。これ以外の理由はありません。

 

 本条は、賃貸借ではどのような権利を賃借人に与えるのかを規定したもので、間接的に賃借権を定義するものといってもよいでしょう。

 ここで本条の規定に従って賃借権を定義すると、次のようにいうことができるでしょう。

 賃借権とは、賃借人より定期的に賃料を支払うことを約し、一定の期間、賃貸人の所有に属する物の使用・収益をする権利をいう。

 この定義の通りだとすれば、賃借権はその主要な点で大いに用益権に類似します。両者ともに他人の所有に属する物に使用・収用の権利を行使するものだからです。

 しかし、この2つの物権はもともと性質を異にするので、多くの差異があります。以下でそのいくつかを指摘しておきましょう。

  用益権は合意に限らず遺言でもこれを設定できますが、賃借権は必ず合意により設定します。

  用益権は法律によって設定されることがありますが、賃借権には法律によって設定されるものはありません。

  用益権は有償または無償で設定し、しかも無償で設定することがふつうですが、賃借権は必ず有償で設定します。

  用益権は所有者がこれを設定しますが、賃借権は管理人がこれを設定することもできます。

  用益権はすべての融通物に設定することができますが、賃借権は有体物にしか設定できません。

  用益権の期限は人の一生を最長の期間とし、賃借権は30年を最長の期間とします。

 以上は両者の大きな差異を挙げただけで、このほかにもなお若干の差異があります。特に注目すべきは、用益権については用益者はただ物権を有するにすぎませんが、賃借権については賃借人は賃借物に権利を有するだけでなく、賃貸人に対してもまた権利を有します。つまり、物権・人権を併有しています。ここでその例を挙げましょう。用益物である家屋が暴風で大きく破損した場合には、用益者はその修繕をする義務を負いません。虚有者もまたその義務を負いません。そのため、用益者がその修繕を虚有者に要求する権利はなく、結局用益者自身がその修繕を行い、第87条に従い、用益権消滅の時に虚有者から増価額の弁償を受けるしかありません。これに対し、賃借物が破損した場合には、賃借人は賃貸人に対しその修繕を請求することができます。これが本条にただし書を設け、第2款・第3款に定めるように、合意により、または法律の効力によって当事者が義務を負担することを妨げないとする理由です。

 

 本条によれば、動産と不動産は有体無体を問わず、すべて賃借権の目的とすることができるかのようですが、立法者の意思から推測すると、この権利は有体物だけに設定するものとすることに疑いはありません。はじめ草案には有体動産・有体不動産の賃貸借と明記していましたが、賃借権を物権とした以上は、なおさらこの権利の目的物は有体物に限るべきことは明瞭なので、有体の2字を削除したにすぎません。この削除のために立法者の意思が変わったとみなすべきではありません。無体物の一例である労力の賃借のようなものは、人権を生ずるにすぎないものなので、雇用・使事請負の契約として財産取得編にこれを規定しています。こうしたことから立法者の意思がどのようなものかを推測すべきでしょう。

*1:動産及び不動産の賃貸借とは、賃借人より賃貸人に金銭その他の有価物を定期に支払うことを約し、賃借人に対し、一定の期間、賃借物の使用及び収益をする権利を与えることをいう。ただし、第2款及び第3款に定めるように、合意により、又は法律の効力によって、当事者が相互に義務を負担することを妨げない。