【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第49条【用益物の占有等】

第2款 用益者の権利

 

1 用益者ハ其権利ノ発開シタルトキ若シ始時ノ定アラハ其期限ノ到来シタルトキハ次款ニ定メタル不動産形状書、動産目録ヲ作リ及ヒ保証ヲ立ツル義務ヲ履行シタル後其用益権ノ存スル物ノ占有ヲ要求スルコトヲ得*1

 

2 用益者ハ用益物ヲ其現状ニテ受取ル可シ修繕又ハ恰好ヲ求ムルコトヲ得ス但権利発開ノ後設定者若クハ其相続人ノ過失ニ因リ又ハ発開ノ前ト雖モ其悪意ニ因リテ用益物ヲ毀損シタルトキハ此限ニ在ラス*2

 

【現行民法典対応規定】
なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

232 用益権の趣旨は、用益物を使用し、これより収益することにあります。この権利を行使する方法は、すべてこの節の中に掲げられています。その権利を行使しようとする場合には、まず用益物を占有しなければなりません。そのため、その占有を要求する権利は用益者の権利の第1にあるものです。用益者が占有を要求するには2つの主たる要件があります。用益権を開始すること、ある義務を履行することです。

 

233 まず、用益権はいつ開始するのでしょうか。

 そもそも合意が成立し、これに条件か期限を付さなければ、直ちに権利義務が生じます。これが合意の原則です(第331条参照)。用益権設定の合意に何らの条件も期限も付さなければ、合意の成立と同時に用益権は開始します。そのため、用益者がその義務を履行すれば直ちに用益物の占有を請求することができます。合意が既に成立し、用益権が開始したとしても、用益権を行使する期限を定めることがあります。そのため、本条に「始期の定めがある場合」云々とあるわけです。

 ここで注意すべきなのは、そもそも期限は権利の開始を妨げないということです。例えば、合意が今日成立したとしても、その行使を開始するのは30日後と約した場合には、その合意により、既に用益権は成立していますが、30日の期限が到来しない間はこれを行使することができません。これに対し、合意に停止条件を付した場合には権利は開始しません。例えば、用益権を与える合意をしてこれにある未必条件を付し、その条件が到来した場合に用益権を発生させるとの合意をしたときは、その条件が到来した場合にはじめて用益権が成立します。そのため、条件は権利の成立を阻止するものですが、期限はこれを阻止するものではありません。この区別があるので、本条は未必条件に言及しないのです。

 遺言で用益権を遺贈した場合には、その用益権は遺言者の死亡によって開始します。その遺言に条件を付した場合には、条件の到来によって開始します。遺言に期限を付した場合には、遺言者の死亡によって開始しますが、期限の到来しない間はまだこれを行使することができません。すべて合意と同じ規則に従います。ただし、遺言は遺言者1人の意思から出たもので、受遺者の承諾を得たものではないので、受遺者は自由にその遺贈を拒絶することができます。

 用益権の始期の期限・未必条件については、第47条第48条を参照してください。

 

234 既に用益権が開始し、これを行使する時期が到来しても、用益者はまだ直ちに用益物の占有を要求することはできません。なおある義務を履行することが必要です。この義務には2種類あり、動産の目録・不動産の形状書を作ること、そして保証人を立てることです。目録・形状書を作る義務は第71条、保証人を立てる義務については第76条に詳しく規定されています。

 そもそも用益者は用益物から直接に収益することができるので、用益者の行為により、用益物が毀損したり滅失したりすることがあります。このような場合には、用益者は虚有者に対して賠償責任を負います。本条にいう目録・形状書は、この賠償の金額を明確にするための書類です。また、保証人はその賠償義務を履行することを確かにさせるもので、民法はこれにより用益者の虚有者に対する責任を確保しようとしたものです。

 用益者は既にその権利を開始してもこうした2種類の義務を履行しなければ用益物の占有を要求することができません。

 

235 そもそも物は毀損することがあり、まだ完成していないこともあります。例えば建物がそうです。既に毀損してしまったものは修繕しなければ物の役にたたないことがあります。まだ建築が完成していないものもまたそうです。用益者が用益物の引渡しを要求することをできる時点で用益物が毀損しているか未完成でも、用益者はその現状でこれを受け取らなければなりません。これが賃借権と異なる点です。そもそも賃貸人は賃貸物の用に堪えるようにしてこれを引き渡す義務を有しますが、虚有者はこのような義務を有しません。虚有者にこの義務を負わせない理由は、そもそも用益権の性質である、その行使を始める時の現状で用益物をすべて引き渡さなければならないと定めている点にあります。虚有者は収益をしないため修繕させることはできないといわれることもありますが、修繕には必ずしも収益者の負担のみに帰すことができないものもあるので、この説は不完全です。そもそも所有の全権を譲渡した者は修繕の責任を負わないことを原則とし、その支分権を譲渡した者もまた修繕の責任を負わないことが妥当だとする説がありますが、これはその通りです。ただし、この説は、日本民法のように賃借権を物権とした場合には、この権利にもまた適用することができるので、日本民法では妥当な説ではありません。日本民法によれば、賃借権を支分して他人に与えるのは、所有権の一部を譲渡したものということができるからです。

 用益権は本来無償で設定する性質を持つものです。そのため、虚有者は用益権の設定について利益を得ないものという推測は、立法者の考えだと思われます。すべてこの考えを根拠として用益権の規定を設けたので、なるべく用益者の責任を重くし、虚有者には義務を負担させないことを趣旨としています。これは本章の中で往々にして見られるところです。本条第2項もまたこの精神からできたものです。有償で用益権を設定することも稀にあります。この場合に本条第2項を適用すると不公平なことがあるかもしれません。しかし、当事者がこの不公平を望まないのであれば、必ず明文で特約を定めなければなりません。第2項と異なる約束をすることができるというわけです。

 

236 「恰好」とは、物をその用に適切なものにするということです。例えば、住居する建物が破損しなかったとしても塵埃に埋もれることがありますし、庭園に草が生えて住居しにくくなることもあります。このような場合には、多少手を入れなければ住居に適切なものとはなりません。しかし、用益者は虚有者に対してこれを適切なものとする要求をすることはできません。

 

237 用益者は修繕や恰好を求めることができないというのが原則ですが、用益権発生の後に虚有者が過失により用益物を毀損した場合には、これを修繕する責任を負います。たとえ発生前でも完全なままで用益物を用益者に引き渡すことを望まず、故意にこれを毀損した場合にもまたその修繕の責任を負います。

 このただし書は必要のないものと考えられます。民法の原則によって当然なされるものだからです。

*1:用益者は、その権利が発生したときに始期の定めがある場合において、その期限が到来したときは、次款に定める不動産形状書、動産目録を作成し、保証を立てる義務を履行した後、その用益権の存する物の占有を要求することができる。

*2:用益者は、用益物をその現状で受け取らなければならず、修繕又は恰好を求めることができない。ただし、権利発生の後、設定者若しくはその相続人の過失により、又は発生の前であってもその悪意によって用益物を毀損したときは、この限りでない。