【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第131条【不可抗力等による収益の妨害】

1 妨害カ戦争、旱魃、洪水、暴風、火災ノ如キ不可抗力又ハ官ノ処分ヨリ生シ此カ為メ毎年ノ収益ノ三分一以上損失ヲ致シタルトキハ賃借人ハ其割合ニ応シテ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得但地方ノ慣習之ニ異ナルトキハ其慣習ニ従フコトヲ妨ケス*1

 

2 又右ノ妨害カ引続キ三个年ニ及フトキハ賃借人ハ賃貸借ノ解除ヲ請求スルコトヲ得建物ノ一分ノ焼失其他ノ毀滅ノ場合ニ於テ所有者カ一个年内ニ之ヲ再造セサルトキモ亦同シ*2

 

【現行民法典対応規定】

本条1項

609条 耕作又は牧畜を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができる。

本条2項

610条 前条の場合において、同条の賃借人は、不可抗力によって引き続き2年以上賃料より少ない収益を得たときは、契約の解除をすることができる。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

28 「事実上の妨害」については、賃貸人が担保の責任を負わないことは、既に前条でこれを説明しました。本条で例示した戦争・旱魃・暴風・水火災もまた「事実上の妨害」にすぎないので、賃貸人は何らの責任も負わないとすべきでしょうか。そうではなく、戦争や旱魃などは賃借人の不注意等によって生じたものではなく、実に意外な事変です。しかも、いわゆる不可抗力で誰もこれに抗することはできないものです。賃借人がどのような方法を尽くしても、この妨害を排除することはできません。そのため、一方で賃料を支払わせながらこの妨害を甘受させるとするのは、あまりにも酷だというべきでしょう。

 さらに、賃貸人の側から観察すると、所有者がその物を賃貸しなければ、自らがこの妨害を受け、収益を減ずるという損害を被るはずでした。ところが、賃貸していたために自分は少しの損害も被らずに完全な収益つまり賃料を受け取ることになり、これを正当というべきではありません。賃料は賃借人が収益をすることについての報酬です。その収益が減少した場合には、それによりこの報酬も減額するのが妥当です。

 本条は、この趣旨に基づき、賃借人が賃料の減額を請求したり、賃貸借の解除を求めたりすることを認めています。

 

29 賃料の減少を請求するには、次の条件を具備することが必要です。

 ① 妨害が戦争・旱魃・洪水・暴風・火災のような不可抗力、または官の処分から生じたものであること そもそも不可抗力には2つあります。「通常の不可抗力」と「非常の不可抗力」です。気候の激変・乾湿の異常も不可抗力には違いありませんが、これは「通常の不可抗力」にすぎません。本条は、不可抗力の例として戦争・旱魃・洪水などを列挙しており、これから推測すると、「非常の不可抗力」により妨害を受けた場合でなければ賃料の減少を請求することができないという趣旨であることは明らかです。気候の激変のような「通常の不可抗力」はよく遭遇するものなので、当事者がはじめから当然に予期すべきことです。既にこれを予期して賃料を定めているとすれば、それによりその賃料の減額を請求することを認めるべきではありません。損失の危険と利益の運命とは各自に負担させてよいものです。これが、第1の要件として「非常の不可抗力」を必要とする理由です。

 「官の処分」もまた不可抗力の1つとして見るべきものです。公益のために鉄道を設け、水道を通し、道路を修繕するなど必要な工事をするに当たっては、賃借物に損害を及ぼすことがあります。この損害は官の公権でなされるもので、人民はこれを拒むことができません。また、官に対して賠償を求めることもできません。この点は前に述べた不可抗力の場合と同じなので、法律は「非常の不可抗力」と同一の規定を置きました。

 ここで疑問があります。妨害が賃借物に対して生じたのではなく賃借人に対して生じ場合にも、賃料の減額請求を認めるべきでしょうか。フランスの判例はその請求を認めていません。普仏戦争前に学人がパリにある建物を賃借しまだ転住しない間に、両国間で戦争が始まってパリは包囲され、学人がその建物につき使用・収益することができなくなってしまったことにより、学人は戦争のためかつその身分が学人であるために使用・収益をすることができなくなったので、賃料を支払う義務はないと主張しましたが、裁判所は、この抗弁を採用せずに、その妨害は賃借人の一身に関する事情により生じたものなので、賃借人はこれによりその義務を免れることはできないと判決しました。この判決は妥当なものです。しかし、その学人が既にその建物に居住した後に戦争が起こり、その建物がフランス兵により占領されなくとも、その身が学人であるために生命の危険を生じ、これを免れるためにパリを離れたとすれば、この場合には、その建物を使用・収益することができなくなった原因はまさに不可抗力にあるので、賃料の減額を請求する権利があるとせざるをえません。要するに、妨害が直接賃借物に生じなくとも、事情によっては減額請求を認めるべき場合があります。この点は裁判官の判定に一任すべきものと考えます。

 ② この妨害のために毎年の収益の3分の1以上の損失を生じたこと 法律がこの要件を設けたことには深い理由があるわけではありません。些少の損失で賃料の減額を請求することを認めると、賃借人と賃貸人との間に常に紛争を生じ、訴訟を惹起するおそれがあるからです。そのため、この制限を設けて訴訟を抑制しようとしたのです。

 法律は「毎年の収入」云々とします。そのため、例年の平均額に照らして損失が3分の1以上かどうかを算定しなければなりません。例えば、耕地10町の賃借をしていたところ、1年目は非常に豊作で米400石を、2年目は平年並みの300石、3年目の今年は長雨によりわずかに150石の収益だったとすると、例年の平均額は300石で、今年の収益はその半分となり、つまり3分の1以上の損失が生じているので、賃料の減額を請求することができます。今年洪水が起こってもその水が早く引いたので大きな損害を被らず、201石の収益を得た場合には、損失は3分の1に達しないので、この請求をすることはできないことになります。

 ③ この妨害が賃借人の責めに帰することができないものであること この要件は本条では明言されていませんが、前条から推測すれば必要なことがわかります。つまり、火災のために賃借建物の3分の1以上が焼失しても、賃借人の過失によって火災が生じた場合には、賃料の減額を請求する権利はなく、かえってその責任を負わなければなりません。このほか賃借人がその建物を危険物製造の工場とし、規則を遵守しなかったために官より営業を停止させられ、収益の3分の1以上の損失を生じたとしても、これは自ら招いた過失なので、賃貸人に対し、賃料減額の請求をすることができないことは当然です。

 以上に列挙した要件を具備してはじめて、賃料の減額を請求することができます。しかし、法律は「地方の慣習がこれと異なるものであるときは、その慣習に従うことを妨げない」としていますが、私は、「その慣習に従うことを妨げない」とは、慣習に従うことを命令したものと解釈します(24参照)。そのため、地方の慣習で、以上の要件を具備せずともなお賃料の減額を認める場合には、賃借人はこれを請求することができ、これに対し、すべての場合に賃料の減額を認めないとする慣習がある場合には、たとえ以上の要件を具備しても、賃借人はこれを請求することができません。

 

30 賃料の減額を請求することができる場合には、その減額の割合はどのように定めるべきでしょうか。上の例で、毎年の収益が300石となっているところ、本年の収益が150石に減った場合には、その収益の3分の1の100石は賃借人の損失として残りの50石を標準とし、つまり賃料300分の50を換算して6分の5の減額にとどめるべきか、それとも損失の全額150石を標準として賃料の半額を減額すべきでしょうか。法文には「その割合に応じて云々」とあり、意味するところが明らかではありませんが、25の末段に説明した同一の理由により、損失の全額を標準としてその割合を定める意味と解釈すべきです。

 

31 ここで疑問があります。先の例で、毎年の収益が300石だったのに対し、本年の収益は150石にすぎず、米の数量では3分の1の損失を生じています。しかし、本年は全国的に凶作で、そのために米価が非常に高騰し、昨年までは1石5円だったところが本年は1石10円に上がったとすると、この場合には数量では半額になっても価額では少しも損失がありません。そのため、賃借人は賃料の減額を請求することができないのでしょうか。

 フランスの学者「トロプロン」と「コルメ・ド・サンテール」は、そのような場合には賃料を減額すべきではないとします。賃料の減額は損害の賠償に他ならないからです。たとえ数量が半分に減り、賃借人に賃料減額の権利が生じても、 その権利を行使するにあたっては、その損害を受けたことを証明しなければなりません。実際には損害を受けていないので、これを証明することはできないでしょう。これを証明せずに単に賃料の減額を請求しても、その請求を認めるべきではありません。この考え方には一理ありますが、フランス法についても日本民法についてもこの種の考え方を採用すべきではありません。賃料の減額は損害賠償の趣旨によるものには違いありませんが、法律は実体的な損失についてだけ賃料の減額を請求することを可能としたものだからです。フランス法では果実の半額云々、日本民法では毎年の収益の3分の1云々とありますが、果実であれ収益であれ、ともに実物(耕地については穀類)を指しており、その価額を指したものではないことは明らかです。一歩譲ってその価額を指したものだとしても、そもそも物の価額は変動するものであり、昨日が今日と同じになることはありません。このように上下する価額を標準として損失の多少を分けるとすれば、必ずや紛争が生じることでしょう。訴訟に訴訟が重なることになるのは火を見るよりも明らかです。法律はこうした紛争や訴訟を非常に嫌い、そのために3分の1以上という制限を設ける一方で、紛争や訴訟を惹起する原因を規定するはずはありません。そのため、いずれの点から観察しても、上の考え方は採用すべきではないとするしかありません。

 さらにもう1つ疑問があります。賃借人がその賃借物を保険に付した場合には、不可抗力のために損失を受けても被保険額の支払いを受けるので、実際には何らの損害も受けないことになります。この場合にもなお賃料の減額を請求することができるのでしょうか。

 フランスの学者には、そうした場合には賃借人に二重の利益を得させるべきではなく、賃料の減額を請求する権利はないとするものもいますが。今日ではこのような愚論を主張する者はいません。契約は当事者間でだけ効力を生じ、第三者はこれを援用することができないのが原則です。そのため、賃貸人は被保険者である賃借人が保険者よりその保険額の支払いを受けたことを理由として、その賃料減額の請求を拒否することができないのは当然です。日本民法でもまたこの解釈を採用すべきです。賃借人はこの請求権を失うことはありません。しかし、既に保険額の支払いを受けた以上は、自らこの権利を行使することはできません。商法第658条に「保険者は被保険者に被保険額を支払った場合には、損害が生じたために被保険者が第三者に対して有する請求権を当然取得し云々」とあり、この権利は当然に保険者に移転することになります。

 

32 本条第2項の規定は2つの部分に分かれています。第1は、すべての賃借物について不可抗力に基づく妨害が3年以上継続している場合には、賃借人より賃貸借の解除を請求することができること、第2は、建物の賃借につき、その建物が毀滅し、所有者が1年以内にこれを再築しない場合には、賃貸借の解除を請求することができること、です。

  妨害が3年以上継続していても、賃借人は第1項の規定に従い、毎年賃料の減額を請求することができるので、これに賃貸借解除の請求権を与えることは妥当ではないとも考えられます。しかし、賃借人の目的は賃借物の収益にあり、賃料の減額ではありません。その当初の目的を3年の長きにわたって達せられなくともなお賃貸借契約を守らなければならないとするのは、非常に酷なことだというべきでしょう。そのため、法律は保護のためにこの権利を与えたのです。

 法律の趣旨はこのような点にあるので、妨害が非常の不可抗力に原因するもので、しかも3年間継続した場合には、その原因である不可抗力が前後同一のものでないとしても、解除を請求することができます。つまり、1年目に洪水、2年目に暴風、3年目に旱魃があり、ともに収益の3分の1以上の損害を被った場合には、その解除の請求をすることができます。ただし、1年目に洪水があっても、2年目は無事に経過し、その後3・4年目に暴風・旱魃があったとしても、妨害に間断があるので、その解除の請求をすることはできません。

  建物を賃借物とする場合に、その建物の全部が滅失した場合には、第145条に従って賃借権は当然に消滅しますが、一部が焼失あるいは毀滅したにとどまる場合には、賃貸借はなおその効力を存するので、賃借人が第1項の規定に従って賃料の減額を請求する場合はともかく、その解除を請求することはできないのが原則です。

 しかし、建物の一部が既に毀滅した以上は、その損害が引き続き将来に及ぶことは予知できることなので、普通の妨害の場合と趣を異にするのは当然です。そのため、普通の妨害については、3年以上継続するのでなければ賃貸借の解除を請求することを認めませんが、建物の毀滅については、1年以内に所有者が再築しない場合にはその解除を請求することができるとしました。ここで直ちに解除の請求をすることを認めずに1年待たせるのは、再築のためには多少の日にちを要するのは必然なので、賃貸人・賃借人双方の便利を考慮し、特にこの規定を設けたわけです。

 建物の一部が毀滅した場合には、賃借人にはその再築を要求する権利があるでしょうか。本条はただ「所有者が1年以内にこれを再築しない場合云々」とするにとどまり、所有者にこの義務があることを明示していません。他にもこのことを規定する条項はありません。こうしたことから、日本民法は再築の義務を所有者に負わせていないことが明らかです。再築については多くの費用が必要で、時として全部を改造する場合よりも費用を要することが少なくありません。所有者自らがこれを使用するのであれば、この費用が大きいことを嫌い、それが毀滅したままで他の部分を使用することもあるかもしれません。しかし、これを賃貸した以上は賃借人の利益のために必ず再築せよと命ずるのは法理上妥当ではありません。全部毀滅の場合には再築の義務はなく、一部毀滅の場合にはこの義務があるとする論理はないでしょう。そのため、全部と一部とを問わず、毀滅したものは再築する必要はないとしたわけです。ただし、所有者が任意に再築することを妨げないのは当然です。本条が1年以内に再築云々とするのは、任意で再築することを予想したものにすぎません。

*1:1 妨害が、戦争、旱魃、洪水、暴風、火災のような不可抗力又は官の処分により生じ、これにより毎年の収益の3分の1以上の損失が生じたときは、賃借人は、その割合に応して、賃料の減額を請求することができる。ただし、地方の慣習がこれと異なるものであるときは、その慣習に従うことを妨げない。

*2:前項の妨害が継続して3年以上に及ぶときは、賃借人は賃貸借の解除を請求することができる。建物の一部の焼失その他の毀滅の場合において、所有者が1年以内にこれを再築しないときも、同様とする。