【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第153条【土地の収穫物の収去】

1 如何ナル場合ニ於テモ賃借人ノ権利ノ存スル一切ノ収穫物ヲ収去スル前ニ賃貸借ノ終了セシトキハ賃貸人又ハ新賃借人ハ前賃借人ノ之ヲ収去スルニ委ヌルコトヲ要ス*1

 

2 又賃借人ハ土地ノ収穫物ヲ収去シタル部分ニ於テ賃貸借ノ終了前ニ急要ノ作業ヲ為スコトヲ賃貸人又ハ新賃借人ニ許スコトヲ要ス但賃借人此カ為メ妨害ヲ受ク可キトキハ此限ニ在ラス*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

76 合意は善意でこれを履行しなければならない(第330条)のが一般原則です。そのため、賃貸借の期間中に賃借人は賃借人が収益することを妨害してはなりません。もちろん、賃貸借が既に終了しても賃借人が権利を有する収穫物がなお存在する場合には、賃貸人は賃借人にこれを収去させることができますが、これを妨害することがあってはなりません。

 賃貸借が終了しても賃借人が権利を有する収穫物がなお存在する場面は、土地の賃貸借に見られます。例えば、その賃貸借の期間が満了しても気候不順のために果実の成熟が遅れたような場合や、74の最終段落に示した、主たる収穫季節が到来して賃貸借が解約されても付従する収穫物がなお残っているような場合です。これらの場合には、その賃貸借終了後も残っている収穫物はもともと賃借人が労力を費やした結果で、しかもこの収穫物があるために賃借人は借賃を払っていたわけです。そのため、その賃貸借が終了した後も残っている原因を問わず、賃借人がこれを収去する権利を有するのは当然のことです。

 こうした賃借人の権利は、賃貸人がこれを侵害してはなりません。もちろん賃貸人がさらにその土地を賃貸した場合には、新賃借人もこれを侵害してはなりません。民法は、新賃貸借が設定された場合を想定して、あえて「賃貸人又ハ新賃借人……」とし、前賃借人とこれらの者との関係を規定したわけです。

 

77 賃借人が既に土地の収穫物を収去してもその賃貸借が終了するまでになお若干の期間が残っているということはよくあることです。例えば、収穫物が早く成熟したような場合です。この場合には、賃借人はさらに種をまいてもその収穫をとうてい自己の利得とする望みはないので、むなしく土地をそのままにして賃貸借の終了を待つことになります。これは国家の経済上の損害だというべきでしょう。

 これを賃貸人の側から見ると、賃貸借がまだ終了していないにせよ数日たてばその賃借物は自らの手に戻ることは明白なのに、なお急要の作業もすることができないとすれば、やむを得ず時期を過ごし、そのために次期の収穫が減少するという不利を受けることになります。その作業により賃借人に損害を及ぼすおそれがあれば別ですが、少しも損害を及ぼすことがないのであれば、賃貸人に次期の収穫のために準備作業をさせてもよいとするのが妥当でしょう。厳格にいえば、賃借人は、賃借権を有する間はたとえ収穫物を収去したにせよ、賃貸人がその賃借地に手を触れることを拒絶する権利を有します。賃貸人はこれに触れてはならない義務を負います。そのため、賃貸人が作業をしようとしても、その求めに応ずべき義務はないといってもよいでしょう。しかし、賃貸借は1つの契約です。契約を締結した者の意思は互いに利益を得ようとするところにあるだけで、他に意思はありません。賃借人は既に収穫物を収去し、その予期した利益を得たわけなので、契約成立当時の意思は既に達成したものというべきでしょう。そのため、賃貸人が賃借人には用のない土地に急要の作業をしようとする場合には、賃借人はこれを拒むことはできず、合意は善意でこれを履行しなければならないという原則に従い、その求めに応じなければなりません。

 しかし、賃借人が賃貸人の請求に応じなければならないのは、収穫物を収去した場所で行うべき作業であること、その作業が急要なものであること、その作業のために賃借人が妨害されないこと、この3要件を具備する場合に限ります。この要件を1つでも欠く場合には、賃借人はその請求を拒絶することができます。

 民法は、新賃貸借が設定されることを想定し、第2項でも第1項と同様に新賃借人を賃貸人と同一の地位に置いています。これは双方で権利義務が異なるものとする理由がないからです。

*1:いかなる場合においても、賃借人の権利の存する一切の収穫物を収去する前に賃貸借が終了したときは、賃貸人又は新賃借人は、これを収去することを前賃借人に委ねなければならない。

*2:賃借人は、賃貸人又は新賃借人に対し、土地の収穫物を収去した部分において賃貸借の終了前に急要の作業をすることを認めなければならない。ただし、これにより賃借人が妨害を受けるべきときは、この限りでない。