【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第31条【所有権の制限①―公用徴収等】

1 不動産ノ所有者ハ適法ニ認メ及ヒ宣言シタル公益ニ因由シ且公用徴収法ニ従ヒテ定メタル償金ノ払渡ヲ予メ受クルニ非サレハ其所有権ノ譲渡ヲ強要セラルルコト無シ*1

 

2 動産ノ公用徴収ハ毎回定ムル特別法ニ依ルニ非サレハ之ヲ行フコトヲ得ス*2

 

3 国又ハ官庁ニ属スル先買権及ヒ徴発令ヲ以テ定メタル物ノ徴発又ハ凶災ノ時ニ行フ物ノ徴求ニ付テハ本条ノ例ヲ用ヰス*3

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

160 現行の法律で所有権を制限するものは、土地収用法華族世襲財産法です。華族世襲財産法は譲渡を禁止することを目的とし、土地収用法は強制的に譲渡させることを目的とするものです。両法の趣旨は相反するものですが、所有権を拘束するという点では同じです。ただ土地収用法は専ら公益を目的とし、憲法の規定に従うものです。民法もまたその原則を定めています。つまり、本条がそれです。

 前条第2項に従い、本条以下で所有権の制限を定めています。そして、本条第1項では不動産所有の全権を取り上げる場合の制限の原則を定めています。これが制限の中で最も大きなものです。

 本条第2項以下では、不動産・動産の収用、官府の有する先買権、陸海軍事に関する徴発について制限を定めています。以下で説明しましょう。

 

161 ① 不動産の公益収用  ここで不動産というのは、主として土地を指しています。土地は各人が専有すると社会にとって妨害になることがあります。例えば、鉄道を敷設し、運河を開削し、砲台を築造しようとする場合に、各人が土地を占有してその所有権を不可侵とすれば、社会はついにその目的を達することができないこととなるでしょう。これが、憲法第27条で公益のために必要がある場合には法律で所有権を制限することを許す趣旨です。

 この目的を制定した法律を土地収用法(明治22年7月30日公布法律第19号)といいます。これは本条にいう公用徴収法で、従前の公用土地買上規則を改正したものです。旧法によれば、所有権を保護する方法がまだ完備していないところがあるので、改正に至ったものです。

 本条には不動産を収用しようとするに当たって拠るべき原則が定められています。その詳細な規則は収用法に委ねています。収用のために要する細則・手続は詳密なものとならざるをえないからです。また、便宜に従って改正する必要があり、これを民法に掲げる不都合が多いからです。

 ここにいう収用の原則とは、これを要約すると以下の3つになります。

 

 第1則 公益であることを適法に認めること。

 第2則 公益であることを適法に宣言すること。

 第3則 収用法に従って定めた償金をあらかじめ払い渡すこと。

 

 第1則 西洋ではかつて社会の「必要」があるのでなければ、人民の所有権を収取することができないという原則を定めていたことがありました。しかし、「必要」とは、「欠くことができない」という意味で、欠いてもよい場合は所有権を収取することができません。そのため、所有権を収取する場合はほとんどなく、鉄道・運河の類の工事を起こすことができないこととなりました。最近はこの趣旨が変わり、社会の「利益」のためにする場合には所有権を収取することができるものとしています。大日本帝国憲法で公益とあるのは、社会の利益という意味で、必要という意味ではありません。

 「適法に認める」とは、土地を収用しようとする事業が公益であることを収用法の規定によって認めるという意味です。このことは、西洋では議論の対象となっている点です。その工事が公益でなければ、土地の所有者はその土地を収用される義務を負いません。では、公益かどうかは誰がこれを判断して定めるのでしょうか。これをある一部の者の任意の判定に委ねてしまえば、公益ではない工事を公益として所有権の保護を完全なものでなくしてしまうかもしれません。そのため、公益かどうかの判定権を有する者はもとより法律に掲げるべきで、人民の利害に大きな関係を有します。フランスでは、かつて工事を区別し、その大きなものについては国会の議論で公益の有無を定め、小さなものについては勅令で定めていました。その後、この制度を変更しましたが、現在はまたこの制度を採用しています。わが国では、内閣会議でこれを判定することとしました(土地収用法第3条)。この第3条の規則に従って公益であることを認定した場合には、いわば適法に認められたもので、所有者は異論を述べることができません。その所有権を譲渡せざるをえないことになります。

 

 第2則 「適法に宣言する」とは、工事が公益であることを宣言することです。これもまた所有権を保護する趣旨です。公益であることを認め、これを宣言して大衆に知らせることにより、それが穏当で私曲のおそれがないことを示します。収用法第4条で「官報で公告する」とするのは、本条の宣言に当たるものです。しかし、こと国防に関して秘密を要する場合には、これを公告することができません。そのため、第4条第2項には例外の規定が置かれています。ただ、この第4条の中で「公益であることを宣言する」という意味がはっきりしませんが、民法の規則に従わざるをえません。

 

 以上の2つの条件は、すべて公益に関するものです。公益は憲法の明言する条件で、収用の主眼です。

 

 第3則 所有権を奪われた者のためには、その償金を定めることが最も大切です。従前の公用土地買上規則では、熟議して償金の額を定めることができない場合には、内務省の裁決に従うべきものとしていました。新法第15条では、熟議してこれを定めることができない場合には土地収用審査委員会の裁定に従い、その裁定に服しない場合にはさらに司法裁判所に訴え、その判決を求めるとされています。旧法に比べると、新法はいっそう所有権を重んずるものです。

 収用法第15条第2項によれば、審査委員会の裁決に服せず、裁判所に出訴した場合には、起業者は直ちに工事に着手することができるとされています。しかし、所有権はまだ移転せず、原所有者に属しています。本条で「あらかじめ償金の払渡しを受けなければ、所有権を収取されることはない」という原則が定められ、これが原則である所有権の保護のためには最も重要なものだからです。収用法の趣旨は、既に収用が決定した以上は、所有者はその所有権を放棄せざるをえないので、その償金については、たとえ出訴することとなっても工事の着手を猶予する必要はないとしたものです。

 土地を収用されたことによる償金を定めることについては、収用法第17条以下にその規定が掲げられています。

 

162 日本坑法第22則に、土地を買い取るという明文があります。早晩その手続を定めなければなりません。これについては、第35条の註釈を参照してください。

 また、土地収用法第35条には先買権が定められています。その権利の期限からすると、これは無期永久の物権となります。これは民法の原則と食い違うものです。

 

163 ② 動産の収用  動産もまた公益のために必要な場合には、これを収用することができます。これが本条第2項の定めるところです。

 原案の説明書からすると、動産の公益収用は非常に稀だと考えられています。例えば、古器宝物で博物館の陳列品に要するもの、旧記で歴史の材料に必要な者、軍器類の発明権で国防に必要なもの、版権や工業に必要な発明で一国の経済に関係を有し、外国人が買収すると国益を損なうもの、渡船や運送の専権の類は、社会の公益のために必要な場合には、これを収用することができます・

 動産については、そのつど特別法を制定しなければこれを収用することができないとしています。原案の理由では、一定の法律をあらかじめ定め、その収用を不動産と同様にすると、その法律を濫用して容易に人の所有物を収用するおそれが生じるためとされています。これに対して、そのつど新たに法律を制定するのでなければ収用することができないとすれば、その手続は容易ではなく、所有権を保護する趣旨を貫徹することができないように思われます。不動産のためにあらかじめ法律を制定してもよいとすれば、動産のためにもあらかじめ法律を制定していてもよいでしょう。原案の説明は、私にとっては満足できるものではありません。動産のためにあらかじめ法律を制定しないのは、動産を収用する場合は非常に稀で、かつ種々の規制を必要としないからだとみるべきでしょう。そのため、不動産のために徴収を議決すると同様の手続で動産の徴収を決定することができ、常に法律を設けておく必要はありません。

 著述・発明の権利の類は、これを第4条に掲げ、所有権と区別しています。私はかつて著述・発明の権利を区別した理由を聞いたことがあります。それによると、著述権の類については西洋でも学者の見解がまだ一定しておらず、その性質を所有権とはし難いため、所有権の章にこれを掲げないとのことでした(イタリア民法はこれを所有権の章に掲げています)。しかし、ここで所有権の収用に関する説明をみると、収用すべき動産つまり所有権の中に発明権が列記されています。発明権が所有権でないとすれば、なぜこれを所有権収用の規則に支配されるものとしたのでしょうか。これが所有権であるとすれば、これを本章に掲げるべきでしょう。

 

164 ③ 先買徴発・徴求  本条第3項には、普通の所有権徴収法によらない3個の例外の場合が示されています。

 

 1)先買 「国又は官庁に属する先買権」とは、官府が他人に先んじて買い取る権利という意味です。この権利は、税関がこれを行使します。

 関税には、物品の数量に従って課するものがあります。例えば、某品何貫目につき税何円とするような場合です。物品の価に従って課するものもあります。例えば、価の百分の若干を課するような場合です。これを「従課税」といいます。

 従課税を課するには、物品の価額を目安とするので、まずその価額を定める必要があります。このとき、納税者はその価額が低いことを望み、徴税者はそれが高いことを望むのが普通です。そのため、納税者がこれを偽ることがないとはいえません。このような場合には、徴税官はその物品を納税者が申し立てた代価で、またはこれに幾分かを加えて買い上げる権利を有することを定めることがあります。これを「先買権」といいます。このほか各人が行使する先買権もありますが、ここにいう先買権とは異なるものです。

 税関の先買権に関しては、西洋ではそのために法律を定めています。日本でもこれを定める必要があります。この法律を定めれば、その法律はいわゆる特別の徴収法となり、これに従って先買権を行使すべきです。先買には一種特別の事情があるので、普通の法規に従うことは困難だからです。

 現在日本でももとよりこの法律がないので、関税を徴収するに当たり、非常に差支えが生じています。そのため、外国との条約にはすべてこのことのために条文を設けています。例えば、安政5年7月18日に江戸で調印した日本とイギリスとの修好条約第15条では、「日本の運上所にて荷主の申し立てた価に偽りがあると察せられるときは、運上役より相当の価をつけ、その荷物を買い入れることを交渉することとする。荷主がこれを拒む場合には、運上所が付けた価に従って運上を納めなければならない。承引したときは、その価で直ちに買い上げるものとする。」としています。このほか日本と各国との条約の中にもこうした条文が挿入されています。しかし、日本人が輸出入をするときは、外国との条約によって処分することはできません。別に法律によることが必要なことは当然です。

 

 2)徴発 「徴発」とは、戦時や事変に際し、陸軍や海軍の全部・一部を動かすに当たり、その所要の軍需を地方の人民に賦課して徴発することをいいます。平時でも演習・行軍の際は徴発することができます。

 徴発の法律を徴発令といいます。明治15年第43号布告で定められたものです。その第12条・第13条に徴発すべき物品が掲げられ、第31条以下では賠償について定められています。

 

 3)徴求 「凶災の時に行うべき物の徴求」とは、飢饉その他地震・洪水など変災に当たり、飲食物のような需用品を徴求することをいいます。

 

 以上の場合、通常は収用の手続は不要です。官府が先買権を行使するには、鑑定人に評価させる手続があり、官吏の専横のおそれがないからです。また、徴発については既に法律が制定されており、かつ急を要するものなので、通常の規則に従うことが困難な事情があります。徴求もまた必ず急を要する場合に行われるものなので、わが国にはまだその規則はありませんが、必要に応じて必ず立法によりその規則を定めるべきでしょう。

*1:動産の所有者は、適法に認められ及び宣言された公益に基づき、かつ、公用徴収法に従って定められた償金の払渡しをあらかじめ受けるのでなければ、その所有権の譲渡を強要されない。

*2:産の公用徴収は、毎回定める特別法によらなければ、することができない。

*3:国又は官庁に属する先買権及び徴発令で定めた物の徴発又は凶災の時に行う物の徴求については、本条を適用しない。