【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第36条【本権訴権・占有訴権】

1 所有者其物ノ占有ヲ妨ケラレ又ハ奪ハレタルトキハ所持者ニ対シ本権訴権ヲ行フコトヲ得但動産及ヒ不動産ノ時効ニ関シ証拠編ニ記載シタルモノハ此限ニ在ラス*1

 

2 又所有者ハ第百九十九条乃至第二百十二条 ニ定メタル規則ニ従ヒ占有ニ関スル訴権ヲ行フコトヲ得*2

 

【現行民法典対応規定】

本条2項

197条 占有者は、次条から第202条までの規定に従い、占有の訴えを提起することができる。他人のために占有をする者も、同様とする。

 

今村和郎=亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之一』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

174 所有権は何のためにこれを有する必要があるのでしょうか。所有者がその所有物を使用したり、収益したり、処分したりする場合に、これを他人から妨害されたときは、所有権を主張して妨害者を斥け、その所有物を奪われたときは、これを回復するために必要です。

 これが本条の趣旨で、本条は所有権の効力について定めています。

 

175 本条は訴権について定めています。まず訴権の概要を説明します。

 フランス語の「アクション」とは「動作」という意味です。「権利が動作する」ということで、日本ではこれを訴権と訳しています。

 西洋の学者の訴権を説明する者は、「自分に対して他人が負担するもの、あるいは自分に属するものを裁判上要求する権利」とします。つまり、ある権利を主張して裁判上要求することができるものを指します。さらに、訴権は単独で成り立つものではありません。ある基本権があって、これを主張するためにあるものです。そのため、訴権は基本権の発動作用とでもいうべきもので、別に1つの権利が成立しているというわけではありません。例えば、所有権を有する者がその権利を主張して訴えを起こすのに、所有権のほかに別に訴権というものがあるというわけではありません。訴権は、所有権の発動作用にほかならないのです。そのため、訴権という名称は妥当ではないのですが、久しく使われていますし、このたび法文にも定められることとなったため、あえてこれを改める必要はないといえるでしょう。

 

176 訴権はさまざまに区別されます。対人訴権・対物訴権・混合訴権・動産訴権・不動産訴権・本権訴権・占有訴権などです(また、刑事の訴権を公訴権といい、民事の訴権を私訴権といいます。そのほかにもさまざまな区別がありますが、非常に細かい区分になりますので、ここでは触れません。)。

 「対人訴権」とは、人権を主張する訴権で、義務の履行を要求するものです。これは合意・不正の損害・不当の利得・法律の規定により生じます。この訴権は、義務者その者を訴追するものです(第3条参照)。

 「対物訴権」は、物権を主張する訴権で、物権を回復したり、承認させたりするものです。これは完全所有権、不完全所有権その他種々の支分権から生じます。この訴権は、主として物権を主張することにより、この権利を妨害する者に対して行使するものです。対人訴権のように一定の義務者に対して行使するものではありません(第2条参照)。

 「混合訴権」は、「対物訴権と対人訴権を混合したもの」です。混合訴権の名称は、ローマ以来のもので、フランスの民事訴訟法にも定められています。これを説明する学者もいますが、はっきりせず、混合訴権というものはないとする学者もいます。その理由については、「そもそも対物訴権は物権から生じ、対人訴権は人権から生ずるので、混合訴権は混合権(物権・人権)から生ずるはずだが、物権と人権とは性質がまったく異なり、相容れるものではないため、この2種類の権利を混合することはできない。つまり、一種の混合権と称すべきものはなく、混合権がないのだから混合訴権もないはずだ。」といわれています。この論理は筋が通っていますが、諸説があり、考え方は定まっていません。ただ、従来、混合訴権と称してきたものは、1つの事物を目的とする場合に対物と対人2種類の訴権を行使するときに用いられてきました。例えば、径界訴権がこれに当たります。日本民法でも、相隣者は境界を定める義務を負います(第239条)。これは対人訴権の性質を有しています。「径界」は土地の限界を目的とするもので、その所有権を基礎としています。その訴訟は、それが対人だろうと対物だろうと、対象は同一の事物です。このような類の訴権を「混合」と称してきたわけです。

 「不動産訴権」は、不動産についての権利を主張するもので、第8条から第10条に定められた権利から生じます。「動産訴権」は、動産についての権利を主張するもので、第11条から第13条に定められた権利から生じます。

 

177  「本権訴権」とは、「権利の本源から生ずる訴権」です。そもそも権利の有無を基礎として争うのは、すべて本権訴権によります。例えば、所有権・賃借権・用益権・地役などの有無を争うのは、すべて本権訴権によるものです。

 日本民法は、本権訴権について説明を置いていません。西洋では、本権という場合には不動産の所有権に関する訴権のように解します。しかし、本権訴権は占有訴権と相対する名称です。占有は不動産のみならず動産にも行使することができるということが、占有の章で定められています。そのため、動産についても本権訴権が存するのは当然です。また、西洋には本権訴権は物権に限って生ずるとする学説もありますが、日本民法は人権の占有も認めているので、人権についても本権訴権があるということになります。

 要するに、「本権訴権」は、権利の有無につき争う訴権というべきしょう。

 本権訴権には、「回復訴権」と「地役に関する訴権」があります。

 「回復訴権」とは、所有の全権や支分権を奪われた場合にこれを取り戻そうとするものです。例えば、所有物を奪われた場合に所有権を主張してその物を取り戻そうとするには、回復訴権を行使します(第10条参照)。

 回復訴権は、動産についても不動産についても行使することができます。しかし、動産については、証拠編第147条に定めるように、即時時効の規定があるので、この訴権を行使する場合は非常に限られています。

 回復の訴えは、所有者の名義で物を有すると他の名義で有するとにかかわらず、物を所持する者に対してこれを提起することができます。

 回復の訴えの原告は、自らに所有権があることを証明することが必要です。被告もまた所有権を有することを証明した場合には、双方の所有権の効力の強力なほうを勝ちとします。

 回復の訴えは、主たる物を取り戻すのみならず、従たる物や果実をあわせて取り戻そうとするものです。このほか回復者の権利・義務については、本編第196条を参照してください。

 「地役に関する訴権」には、「要請訴権」と「拒却訴権」があります。

 「要請訴権」とは、A地の地主がB地の地主に対し、B地に地役権を有すると主張する訴権です。「拒却訴権」とは、A地の地主がB地に地役を行使する場合にB地の地主がその地役を負担しないと主張する訴権です(第67条第269条参照)。

 本条で「占有を妨げられたときは、本訴訴権を行使することができる」とするのは、拒却訴権を行使するような場合を指しています。

 この2種類の訴権を行使する場合にも、原告は自分に所有権があることを証明しなければなりません。

 

178 所有者がその所有物を他人に占有され、時効によってその所有権を喪失した場合には、本権の訴えを起こすことができません。そのため、本条第1項にただし書が置かれています(時効については第28条第43条以下に詳しく説明されています)。

 

179 「占有訴権」とは、本編総則第2条に掲げた占有権を争うため、占有の妨害をやめさせるため、隣地で新工事が開始されたことにより一方の土地に生じる妨害を止めさせるために行使するものです。

 占有訴権は、占有者である資格を有するだけでこれを行使することができます。そのため、これを行使するにはただ占有者が存することを証明すれば足ります。これに対し、本権訴権を行使するには所有権を有することを証明しなければなりません。これがこの2種類の訴権の異なる点です。

 占有訴権は非常に便利なものです。例えば、土地の所有者がその所有地に妨害を受けた場合に、占有訴権を行使することができないとすれば、必ず本権訴権を行使しなければなりません。この場合には、所有権があることを証明する責任があります。しかし、所有権があることを証明することは非常に困難です。これに対し、占有訴権を行使する場合には、単に占有者である資格を証明すれば足ります。そして、占有は事実から生じるものなので、その証拠を提出することは非常に容易です。また、占有訴権を行使する場合には、所有権には少しも関係ないので、得る判決も所有権には関係がありません。占有の訴訟に失敗した者は直ちに本権の訴えを提起し、所有権を争うことができます。そのため、貴重な土地についても、単に占有の争いのみである場合は、下等裁判所にこれを判決させてもかまいません。日本の裁判所構成法は、これを区裁判所の権限に帰属させています。これにより、訴訟の費用が省かれ、原告と被告があちこちに奔走させられる弊害も避けられ、便利であることが非常に多くなります。

 このほか、用益権・賃借権のような権利もまたこれ占有することができるので、これらの権利についても占有訴権と本権訴権があります。そして、その区別は所有権に関して上に述べたことと同じです。

 要するに、本権訴権を行使するには、所有権やその争う権利を有することを証明しなければならず、この証明は非常に難しいものですが、占有訴権を行使する場合には、占有者であることを証明するのみで足りますから、証明が非常に容易です。また、本権訴権を行使するには裁判所に段階がありますが、占有訴権を行使する場合はそうではなく、大いに費用を減ずることができます。これが占有訴権を規定する趣旨です。

 日本では従来この訴権を規定したことはありませんでした。民法には、日本の慣例にないものを制定したものはあまりありません。占有訴権は、民法によって新設されたものです。しかし、上に述べたように便利なものなので、おそらくはこれを非難する者はいないでしょう。

 占有訴権は4つに分類されます。保持訴権・新工告発訴権・急害告発訴権・回収訴権です。この4種類の区別については、本編第199条以下に詳細な規定がありますので、ここでは説明を省略します。

 フランスの制度では、占有訴権はただ不動産・動産の包括について行使するものとされています。日本では民法の中に占有の1章が置かれ、占有権の及ぶ範囲は非常に広いものとなっています。不動産・動産の包括はもちろん、その他特定の動産・人権をも占有することができます。そのため、占有訴権の効力は非常に大きくなっています。ただし、特定動産には即時時効があるので、この訴権を行使する場合は実際には少ないでしょう。

*1:所有者がその物の占有を妨げられたとき又は奪われたときは、所持者に対し、本権訴権を行使することができる。ただし、動産及び不動産の時効に関し、証拠編に定めるものについては、この限りでない。

*2:前項の場合において、所有者は、第199条から第212条までの規定に従い、占有に関する訴権を行使することを妨げない。