【日本民法】条文総まくり

旧民法から現行民法まで。1条ずつ追いかけます。

財産編第149条【家具が付属していない建物の賃貸借の終了】

1 家具ノ付カサル建物ノ賃貸借ハ期間ヲ定メサルトキ又ハ之ヲ定メタルモ黙示ノ更新アリタルトキハ何時ニテモ当事者ノ一方ノ解約申入ニ因リテ終了ス*1

 

2 解約申入ヨリ返却マテノ時間ハ左ノ如シ

第一 建物ノ全部ニ付テハ二个月 但賃借人ノ造作ヲ付シタルトキハ三个月

第二 建物ノ一分ニ付テハ一个月 但賃借人ノ造作ヲ付シタルトキハ二个月*2

 

【現行民法典対応規定】

617条1項 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。

一 土地の賃貸借 1年

二 建物の賃貸借 3箇月

三 動産及び貸席の賃貸借 1日

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

68 本条は、前条とは反対に、家具が付属していない建物の賃貸借で、期間を明示していない場合や、期間が明示されていても第147条により黙示の更新があった場合に、その賃貸借が終了すべき時期を規定したものです。

 前条で説明したように、家具が付属する建物を賃借する者は、一時的な使用・収益のために賃借をするだけです。これに対し、家具が付属していない建物を賃借し、これに自分の家具を備え付ける者は、ある程度長い期間賃借しようとしているものと思われます。そうすると、その賃料を年単位・月単位・日単位で定めたとしても、それはただ賃料の標準を定めたまでで、この標準から賃貸借の期間を推定すべきではありません。では、その期間は永遠無限に及ぶものとすべきでしょうか。それは当事者の意思に反することでしょう。当事者がわざと期間を定めないのは、賃貸人が自分にとって不要な間はこれを賃貸することを望んでいるからでしょうし、賃借人はその建物が自分に必要な間はこれを賃借したいと望んでいるからでしょう。自分が必要になっても賃貸を継続し、自分には不要になっても賃借を継続するといったように、自ら好んで権利を拘束し、いたずらに義務を負うためにするものではないことは明らかだからです。そのため、期間の定めがない場合には、賃貸人はその建物が必要となればいつでも解約を申し入れることができ、賃借人もまたその建物が不要になればいつでも同様の申入れをすることができるとするのが妥当です。

 しかし、解約申入れがあると直ちに賃借権が消滅するとすべきではありません。その申入れをする者には何の不便もないでしょうが、その申入れを受けた者は、それが賃貸人の側であればさらに他の賃貸人を探し、賃借人の側であれば他の賃借物を探す時間がなく、損害を受けてしまう可能性があるからです。そのため、法律は解約申入れと賃借物返却との間に多少の猶予期間を設けることとしました。

 

69 解約申入れと賃借物の返却との間の猶予期間は、建物の全部を賃貸借した場合と一部を賃貸借した場合とで異なります。全部の場合には2か月、一部の場合には1か月としています。こうした区別をするのは、全部は一部よりも大きいのでその賃料もまた高くなりますし、全部を賃貸借することは一部を賃貸借するよりも難しいからです。こうした理由から、この猶予期間には長短の差が設けられています。

 立法者はなぜ建物の大小についてはこうした区別を設けなかったのでしょうか。理論からすればそうした区別をすることは妥当ですが、どれを大きな建物とし、どれを小さな建物とするかということを定めるのは非常に煩雑なので、全部の場合と一部の場合とに区別するにとどめたのです。

 建物の全部の賃貸借、一部の賃貸借いずれかにかかわらず、賃借人が造作を付した場合には、猶予期間がそれぞれ1か月長くなります。賃借人が退去の際にこの造作を取り壊すよりは、むしろそのままこれを据え置いて、後の賃借人に譲渡するほうが賃借人にとっては利益があります。造作を譲り受けて賃借をする者の数は、造作付きの建物を賃借する者の数よりは少ないでしょうから、譲受人を探すのに多少時間がかかります。つまり、この期間の延長は、主として賃借人の利益のためにあるわけです

 

70 はじめに賃貸借の期間を定めても、第147条に従って黙示の更新があった場合には、その賃貸借は期間がないものとなります。これについては既に第147条のところで説明しました。この新たな賃貸借はあたかも最初から期間を定めなかったものと同じですから、本条は期間の定めがない場合と同じく、いつでも当事者の一方より解約を申し入れ、これにより賃貸借を終了することができることとしました。

 

71 ここでは、「解約申入れ」と「解約の合意」とを混同しないように注意してください。「解約申入れ」は、法律が当事者の双方に与えた権利で、一方がこの権利を行使しようとする場合には、他方はこれを拒むことはできません。つまり、この申入れには他方の受諾は必要なく、直ちにその効力が生じます。これに対し、解約の合意は、法律の力によらず、双方の意思が合致してはじめてその効力を生ずるものなので、一方より申し込んでも他方がこれを拒む場合には成立することはありません。

 本条は解約申入れに関して規定したもので、これを解約の合意に適用することはできません。合意から返却までの期間は合意で定めることができ、法律はこれに干渉しません。

*1:家具が付属していない建物の賃貸借において、期間を定めなかったとき、又は期間を定めた場合であっても黙示の更新があったときは、当事者の一方はいつでも解約の申入れをすることができ、これによりその賃貸借は終了する。

*2:解約申入れより返却までの期間は、次の各号の定めるところによる。

 一 建物の全部の賃貸借 2か月。ただし、賃借人の造作を付したときは3か月とする。

 二 建物の一部の賃貸借 1か月。ただし、賃借人の造作を付したときは2か月とする。

財産編第148条【家具が付属している建物の賃貸借の終了】

1 家具ノ付キタル建物ノ全部又ハ一分ノ賃貸借ニシテ其期間ヲ明示セス其借賃ヲ一年、一月又ハ一日ヲ以テ定メタルモノハ一年、一月又ハ一日ノ間賃貸借ヲ為シタリト推定ス但前条ニ記載シタル黙示ノ更新ヲ妨ケス*1

 

2 動産ノミヲ以テ目的ト為シタル賃貸借ニ付テモ亦同シ*2

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

66 本条は、ある物の賃貸借について当事者がその期間を定めない場合のために、「法律上の推定」をしたものです。

 そもそも、人の建物を賃借し、永くこれに住居しようとする者は、自らその家具を備え付けるのが通例ですが、家具の付いた建物を賃借する者、特にその建物の一室を賃借するような者は、永くこれに住居する意思はありません。商業や訴訟のために一時的に都会に拠点を置いたり、保養のために鉱泉宿の一室を賃借したりするようなことは、決して永住の意思によるものではないことは明らかです。そこで、その賃貸借について当事者があらかじめ期間を定めずとも、その期間は自然と存在するものとしなければなりません。そのため、当事者がその賃料を「1年間、若干円」と定めたとすると、この意味は少なくとも1年間は賃借することにあると推知すべきでしょう。わずか数日の賃借をするのに1年間の賃料を定める必要はありませんし、決してそのような愚かなことをすることもないだろうからです。このほか、月・週・日で賃料を定めたものも、同じくその賃料の標準となっている期間は賃借をする意思であることは推知することができます。これが本条の推定が生じる理由です。

 動産だけを目的とした賃借についても、同じように推定をするのが相当です。例えば、乗馬を賃借するのに10日間で賃料5円と約した場合には、これは10日間賃借する意思によるもので、1日や2日の賃借ではないことを推知するには十分です。そのため、この場合でも、その賃料の標準となっている時期を賃貸借の期間と推定します。

法律は以上述べたように推定しますが、この推定は「軽易な推定」にすぎません。そのため、当事者は反証を挙げてこの推定を破ることができます。例えば、鉱泉宿のような場合には、その一室を賃貸するのに1週日間若干円とするのが通例なので、浴客が1週日間何円の賃料として約したとしても、1週日の賃貸借だとみなすべきではありません。暑さが去るまで、あるいは疾病が癒えるまで賃借する意思だということを証明した場合には、この推定は当然これによって破られることになります。

 

67 本条の推定期間を経過してもなお賃借人が収益し、賃貸人がこれを知って異議を申し立てない場合には、黙示の更新があったものとします。前にも述べたように、反証がない以上、当事者の意思はこの期間で賃貸借をしたもので、暗黙に期間の定めがあったものとみなさざるをえません。既に黙示の期間があるのなら、明示の期間の場合とその取扱いを異にすべき理由はないからです。

*1:家具が付属する建物の全部又は一部の賃貸借において、その期間を明示せずにその賃料を1年、1月又は1日と定めたときは、1年、1月又は1日の間賃貸借をしたものと推定する。ただし、前条に定める黙示の更新を妨げない。

*2:動産のみを目的とした賃貸借についても、前項と同様とする。

財産編第147条【賃貸借の更新の推定等】

1 期間ノ定アル賃貸借ノ終リシ後賃借人仍ホ収益シ賃貸人之ヲ知リテ故障ヲ為ササルトキハ新賃貸借暗ニ成立シ前賃貸借ト同一ノ負担及ヒ条件ニ従フ*1

 

2 然レトモ前賃貸借ヲ担保シタル抵当ハ消滅シ保証人ハ義務ヲ免カル*2

 

3 新賃貸借ハ下ノ数条ニ記載シタル如ク解約申入ニ因リテ終了ス*3

 

【現行民法典対応規定】

619条 賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第617条の規定により解約の申入れをすることができる。

2 従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、第622条の2第1項に規定する敷金については、この限りでない。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

63 期間の定めある賃貸借がその期間の満了によって消滅することは、第145条に規定されている通りです。その期間が満了し、当事者がさらにまた賃貸借を約することもあります。この場合には、前の賃借権が消滅し、新賃借権がさらに成立します。これを「賃貸借の更新」といいます。

 更新には明示のものと黙示のものとがあります。当事者双方がそれぞれその意思を表明し、新たに賃貸借を締結した場合には、明示の更新があったものとします。この更新については、当事者が前の賃貸借と同一の条件を約するのも、これと異なる条件を約するのも自由で、法律はそのために特に規定する必要はなく、当事者の意思に委ねています。

 黙示の更新については、どのような場合に黙示の更新があると認めるべきか、その更新の効力はどうなるかについて規定しなければなりません。これが本条が設けられた理由です。

 

64 ① どのような場合に黙示の更新があったと認めるべきでしょうか。本条は、この疑問に応答して、賃貸借が終了した後、賃借人がなお収益し、賃貸人がこれを知って異議を述べない場合には、黙示の更新があるとしました。つまり、賃借人がなお収益することと、賃貸人がこれを知って異議を述べないこととの2つが合わさってはじめて更新されるわけです。賃借人がなお以前と同じく収益をするのは暗に更新の意思を示すもので、賃貸人がこれを知って異議を述べずに賃借人に収益させるのもまた暗に更新の意思を示すものだからです。このように双方の意思が暗に合致する以上、ここには契約が成立します。一般の原則からそうならざるをえません。

 この更新については双方の意思が合致することが必要です。一方に更新の意思があっても、他方にこの意思がない場合には、更新されません。つまり、賃借人がなお収益しても賃貸人がこれに異議を述べる場合や、賃貸人が異議を述べずとも賃借人が収益をやめるような場合には、双方の意思が合致しないので、新賃貸借は成立しません。

 賃借人がなお収益をしないこと、賃貸人が異議を述べないことを、どのような状況によってこれを認定すべきかは、事実問題に属するので、裁判所の判断に一任するほかありません。例えば、賃借人が賃貸借終了の日を過ぎてもなおその賃借建物に住居するように、有形上ではなお収益をするに違いない場合でも、その移転先の家屋を発見できないためにやむをえず賃借建物を返却することができないのかもしれませんし、賃貸人がこれを知って異議を述べない場合でも、異議を述べないのは賃借人に移転の猶予を与えるためかもしれません。そのため、外形上の事実がどのようなものかに着目するよりは、むしろこうした事実から双方の意思を推測して更新の有無を判定しなければなりません。

 更新は、前の賃貸借を継続するものではなく、新賃貸借を発生させるものです。前の賃貸借は期間の満了によって当然に消滅するので、これを継続させることはできません。更新が新賃貸借を発生させるものではないことの理由がこれです。更新を有効とするには、普通の契約を有効とするのに欠くことのできない要件を具備することが必要です。つまり、暗黙にせよ双方の承諾があること、その承諾に瑕疵がないこと、双方ともに承諾をする能力を有することが必要です。これらの要件の1つを欠く場合には、更新が有効に成立しないのは当然です。

 

65  更新はどのような効力を生ずるでしょうか。条文によれば、前の賃貸借と同一の負担・条件に従うこととされています。更新は前の賃貸借を継続するものではありませんが、双方の意思は従前の有様をそのまま継続することにあるのは明白だからです。

 しかし、期間については前の賃貸借の期間と同一とすることはできません。前の賃貸借の期間が10年となっていたので、更新された賃貸借の期間も10年となると、双方の意思がこの点についても合致していると推測するとはできません。ただ双方ともに従前の有様を継続することを承諾したまでで、期間の点についてはまだ意思が合致してはいません。そのため、更新には期間がないものとし、以下の数条に規定するように、一方の者の解約申入れによって終了することとしました。

 更新は当事者の間で有効となるにすぎません。この更新に関係しない第三者に利害を及ぼすことができないのは当然です。前に説明したように、前の賃貸借を継続するものではなく、新たに賃貸借を発生させるものだからです。

 前の賃貸借を担保した抵当権、第503条に示した旧債権の物上担保は、新債権に移転しないとの原則によって消滅し、前の賃貸借について保証人がある場合には、その保証人は義務を免れます。抵当権や保証人の義務が新賃貸借に移転するものとすれば、更新について承諾を与えていない者に義務を負わせ、既に優先権を得ようとする者に害を及ぼすことになります。これは決して許容すべきことではありません。

*1:賃貸借の期間が満了した後賃借人が収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。

*2:前項の場合において、従前の賃貸借について設定された抵当権は消滅し、保証人は義務を免かれる。

*3:第1項の規定により推定される賃貸借は、次条以下の規定により、解約申入れによって終了する。

財産編第146条【賃借物の一部滅失等による賃料の減額等】

1 意外又ハ不可抗ノ原因ニ由リテ賃借物ノ一分ノ滅失セシトキハ賃借人ハ第百三十一条ニ記載シタル条件ニ従ヒテ賃貸借ノ解除ヲ要求シ又ハ賃貸借ヲ維持シテ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得*1

 

2 公用ノ為メ賃借物ノ一分カ徴収セラレタルトキハ賃借人ハ常ニ借賃ノ減少ヲ要求スルコトヲ得*2

 

【現行民法典対応規定】

611条1項 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

62 賃借物が全部滅失した場合には、その原因を問わず、当然に賃借権は消滅しますが、その滅失が一部にとどまる場合には、賃借人より賃貸借の解除を請求したり、賃料の減額を請求することを認めるにとどめています。

 しかし、賃借人にこの請求権を与えることについては、法律は第131条で数個の要件を規定していますので、その要件を具備しなければ賃借人はその請求をすることができません。その要件とは次のものです。

 ① 賃料の減額を請求するには、妨害が不可抗力か官の処分により生じたものであること、毎年の収益の3分の1以上の損失を生じたことという2つの要件を具備しなければなりません。そのため、この要件の1つを欠く場合には、賃借人にこの請求権は認められません。

  ② 賃貸借の解除を請求するには、①に挙げた賃料の減額を請求することができる2つの要件のほか、その妨害が3年に及ぶことという3つの要件を具備することが必要で、建物の賃貸借については、この要件①と、所有者が1年以内に再築しないことという要件を具備することが必要です。

 この要件の詳細は既に第131条で説明したので、ここでは述べません。

 本条第2項は、賃借物の一部が公用徴収を受けた場合には、賃借人は常に賃料の減少を請求することができるものとしました。これは特例で、以上の要件を具備する必要はありません。他の原因による賃借物の一部滅失の場合には、賃貸人も賃借人とともに損失を受けることを免れないので、その損失が些少で収益の3分の1に達しない場合には、賃貸人・賃借人ともにその損失を負担すべきものとし、賃借人に賃料減額の請求権を与えません。公用徴収の場合には、その徴収された部分が至って小さくとも、賃貸人はなお償金を受けることができます。つまり、賃貸人は少しも損失を受けません。このように、一方では償金を受け、他方ではその徴収を受けた部分の賃料を取得するとすれば、これは不当な利得といえます。そのため、法律は、この徴収に関する部分がいくら些少だろうと、その部分に応じて賃料の減額を請求することを認めないものとしました。

*1:意外又は不可抗の原因により、賃借物の一部が滅失したときは、賃借人は第131条に定める要件に従い、賃貸借の解除を請求し、又は賃貸借を維持して賃料の減額を請求することができる。

*2:公用のために賃借物の一部が徴収されたときは、賃借人は、常に賃料の減額を請求することができる。

財産編第145条【賃借権の消滅事由】

第4款 賃借権の消滅

 

1 賃借権ハ左ノ諸件ニ因リテ当然消滅ス

第一 賃借物ノ全部ノ滅失

第二 賃借物ノ全部ノ公用徴収

第三 賃貸人ニ対スル追奪又ハ賃貸物ニ存スル賃貸人ノ権利ノ取消 但其追奪及ヒ取消ハ賃貸借契約以前ノ原因ニ由リ裁判所ニ於テ之ヲ宣告セシトキニ限ル

第四 明示若クハ黙示ニテ定メタル期間ノ満了又ハ要約シタル解除条件ノ成就

第五 初ヨリ期間ヲ定メサルトキハ解約申入ノ告知ノ後法律上ノ期間ノ満了*1

 

2 右ノ外賃貸借ハ条件ノ不履行其他法律ニ定メタル原因ノ為メ当事者ノ一方ノ請求ニ因リ裁判所ニテ宣告シタル取消ニ因リテ終了ス*2

 

【現行民法典対応規定】

本条1項

616条の2 賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。

617条 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。

一 土地の賃貸借 1年

二 建物の賃貸借 3箇月

三 動産及び貸席の賃貸借 1日

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

55 賃借権は多くの点で用益権に類似していることは、ここまでいろいろと見てきた通りです。その消滅原因もまたそれと大きな違いがあるわけではありませんが、本条と第99条とを対照すると、一方にあって他方にないものがあります。その逆もあります。ここで主要なものについて一言すると、用益権は用益者の死亡によって消滅しますが、賃借権では賃借人の死亡が消滅原因となっていません。用益権は主として用益者の一身に着眼して設定するものなので、その人が死亡すればもはや用益権設定の目的を達し終えたことになるためこの権利を消滅させることになりますが、賃借権は賃借人の一身に着眼したものではありません。単に賃借人が約した賃料に着眼して設定するものなので、賃借人が死亡しても消滅することなく、その権利は賃借人の相続人に移転します。

 用益権は用益者の放棄によって消滅しますが、賃借権は賃借人の放棄によって消滅することはありません。用益者は虚有者に対して何の義務も負わないので、自己の意思だけで放棄することができますが、賃借人は賃貸人に対して義務を負うので、放棄によってこの義務を免れさせるわけにはいきません。そのため、放棄を消滅原因としないのです。賃貸人・賃借人双方の意思で賃貸借を解除することができるのは当然ですが、これは賃貸借の消滅は合意によるもので、放棄によるものではありません。そして、「当然」消滅するものでもありません。

 用益権になくて賃借権だけにある消滅原因は、本条第5号に記載したものです。用益権については、期間の定めがない場合には用益者の終身に及ぶものとされているので、途中で解約を申し入れることは認められませんが、賃借権は終身権ではないので、はじめに期間の定めがない場合には、いつでも解約申入れをして、この権利を消滅させることができるとしました。

 要するに、用益権の消滅原因でも賃借権消滅原因とはならないものがあるわけです。また、賃借権の消滅原因でも用益権の消滅原因とはならないものもあります。これは、その権利を設定する原因、その権利の性質が異なることによって生じる違いです。

 

56 本条はまず賃借権消滅の原因として5つの事項を列挙しています。この事項が生ずる場合には賃借権は「当然」消滅するものとするので、当事者はこれとは別に裁判所の宣告を求める必要はありません。末段に示した場合と異なる点です。

 以下、この5つの事項について1つ1つ説明しましょう。

 ① 賃借物全部の滅失 賃借物の滅失がその一部にとどまる場合には、他の部分につきなお収益をすることができるので、賃借権は依然として存続します。ただ賃借人が第131条に従い賃料の減少・賃貸借の解除を請求することができるにすぎません。これに対し、賃借物が全部消滅した場合には、その原因が不可抗力だろうと賃借人の過失・懈怠だろうと関係なく、もはや収益をすべき目的物がなくなってしまっているので、その賃借権を当然に消滅させるしかありません。

 どのような場合に賃借物の全部滅失があったとすべきでしょうか。この点は事実によって判定を下すほかありません。土地が洪水により流失し、建物が火災により灰燼に帰するように、旧物がその形をとどめない場合には、誰もその全部滅失を疑わないでしょうが、土地が洪水により砂地となったり、建物が山崩れのために土中に埋没したりしたように、その物が有形的になお存在する場合は疑いがないとはいえません。

 フランスの学者やその判決例によると、賃借物が有形的に存在しても再び使用・収益をすることができなくなった場合には、これを全部滅失と同視すべきものとします。さらに、その物の使用・収益をすることができても、以前の用法で使用することができなくなった場合にも、全部滅失とみなさざるをえないとします。そのため、耕作のために賃借した土地が前例のように洪水で砂入地となったような場合には、その土地はなお存在していても、また他の用に供することができたとしても、再び耕作の用に供することができなくなった場合には、その賃借権は消滅したものとするほかありません。私は日本民法についてもこの解釈を採るべきだと考えています。賃貸借の目的は、その有体物にあるというよりはむしろその物の使用・収益にあります。そのため、これを契約の目的に使用・収益することができない場合には、目的がないことになってしまうので、その物が有形的に存在するかどうかを論ぜず、目的がないことになったという理由によりその契約上の義務が消滅したとするほかありません。使用・収益の報償は賃借人が依然としてこれを負担し、賃貸人が賃借人に使用・収益をさせずにこの報償である賃料を収めるという道理はありません。私がフランスの学者やその判決例を採用すべきだと断言するのをはばからないのはこうした理由からです。

 

57 ② 賃借物の全部の公用徴収 この場合にも賃借権は当然に消滅します。その賃借物は依然として有形的に存在していても、賃借人はこれを使用・収益することができなくなっており、前段で説明したように、賃貸借の目的がなくなってしまっているからです。ただこの原因が前段と異なるのは、前段の原因は法律上生じるもので、こちらの原因は事実上生じるものという点だけです。どちらも目的がなくなってしまっているので、法律はともに消滅の原因としたわけです。

 用益権については、用益物が公用徴収を受けた場合でも用益権は消滅しません。用益者はその償金について収益するものと定められています(第107条)。用益権は用益者の一身に着眼し、その終身の間または特定の期間の間、生計を営む困難を救済するために設定されたものなので、用益物が法律上の効力により金銭に変形したとしても、継続してその金銭について収益をさせるわけです。賃借権については、その設定は人の意思に着眼するものではありません。用益権の設定の場合とまったく同じく、その原因を異にするので、公用徴収を受ける場合には、賃借権は消滅し、賃借人はその償金について何らの権利を有しないものとしました。

 しかし、公用徴収の償金のうち賃借人のために支出された部分については、賃借人にはもとよりこれを取得する権利があります。賃借物である土地に賃借人が築造した建物の買上料・移転料のようなものがこれに当たります。これらの償金は賃借人の資格で受けるのではなく、公用徴収物の所有者として受けるものなので、賃貸借には関係ないといってよいでしょう。つまり、賃借人は償金について権利を有しない者と断定することができます。

 

58 ③ 賃貸人に対する追奪・賃借物に存する賃貸人の権利の取消し 賃借権は所有権の支分権ですので、所有権を有する者でなければこれを設定することができません。所有権を有しない者、例えば善意で自己の所有物と信じて自己の所有に属しない物を賃貸しても、もともと自分の有しない権利を他人に付与することはできませんので、その賃貸借が有効に存在することはできません。つまり、真の所有者がやって来て、その物を賃貸人より追奪する場合には、賃借権はこれによって消滅します。

 所有権を有する賃貸人でも、無能力、承諾の瑕疵、売主である前所有者に代価を弁済していないことなどといった理由により、その譲渡契約を取り消された場合には、未だかつて所有権を有したことはないものとみなされます。そのため、その約した賃貸借もまた消滅します。

 このように、賃貸人が真の所有者のためにその物を奪取されたり、法定の原因によりその所有の権利を取り消されたりした場合には、賃借権はこれにより消滅し、賃借人はその物を奪取したり、権利譲渡の取消しを得たりした所有者に対し、異議を主張することができません。ただ、賃貸をした者に対し、損害の賠償を請求することができるにとどまります。

 しかし、賃借権がこうした原因によって消滅するには、法律は2つの要件を具備することを求めています。そのため、この要件を具備しない場合には、賃借人は依然としてその権利を行使することができます。

 2つの要件とは、Ⅰ)追奪・取消しの原因が賃貸借契約以前に存すること、Ⅱ)追奪・取消しを裁判所で宣告したことです。

 この要件Ⅰを求めるのは、賃貸借契約でこれがいったん完全に成立し、しかも賃貸人が法律上有効に賃貸借をすることができるものである場合には、後に他の原因のためにその物を追奪されたり、その権利を取り消されたりしたとしても、そのために賃貸人が賃借人の既得権を害することはできないという理由に基づくものです。この要件を求めるのは当然のことで、もとよりあれこれ批判するところはありませんが、法律がわざわざこれを要件の1つとしてここに規定したことについては、疑問がないわけではありません。賃貸人に対する追奪の原因は必ず賃貸借契約の以前にあり、その後に追奪する原因が生ずることはなく、賃貸物に存在する賃貸人の権利の取消しについても、またおそらく賃貸借契約後にその原因が生ずることはないからです。

 要件Ⅱを求めるのは、追奪・取消しは、ともに当然に生ずるものではなく、必ず裁判所の宣告を必要とするものだからです。この宣告がない間は、賃貸人はなお完全な所有権を有するものとみなさなければなりません。

 

59 ④ 期間の満了・解除条件の成就 この条件は、A・B2つに分けて説明します。

 A 期間の満了 賃貸借の期間は、その契約でこれを予定することがあります。また、これを予定しないこともあります。これを予定した場合には、その期間が満了すれば賃借権は当然に消滅することはもとより疑いを容れません。

 この期間には明示のもの・黙示のものがあります。当事者はあらかじめ何年何か月間は賃貸借をする旨、何月何日までこれをする旨を約した場合には、その期間は明示されています。これに対し、年月日を指定せず、将来必ず生ずべき事件をはっきり指示した場合にも、明示の期間があるとすべきです。例えば、賃借人が自己の家屋の築造期間中は他人の建物を賃借するといったように、その築造の終了時期が未定でも、賃借人はその旨を指示して合意したような場合がこれに当たります。

 黙示の期間とは、賃貸借の終了年月日を指示せず、またはある将来の事件を指示しなかったとしても、双方の意思で暗黙に一致するところがある場合を指します。例えば、家屋を築造するに際して材木の置き場として隣地を賃借するという賃借人の意思は、工事中に限って賃借することにあるのは明らかなだけでなく、賃貸人もまたその賃貸物が特別な方法に使用されることを認知しているので、工事が終了するまで賃貸することを承諾したものと推定すべきです。

 B 解除条件の成就 前段に例示したように、将来必ず生ずる事件を指示し、賃貸借の終了時期を約するのではなく、将来生ずるかどうか不確定な事件を指示したにすぎない場合、例えば、在東京の官吏が地方の官吏に転任するときはその建物の賃借をやめると約したような場合には、これを解除条件付きの賃貸借とします。この場合には、その条件が成就し、つまり前例の官吏が地方の官吏に転任する場合には、賃借権は当然に消滅します。これは期間満了の場合とほとんど異なるところはなく、当事者があらかじめ合意したところだからです。

 

60 ⑤ 期間を定めない場合、解約申入れの告知後、法律上の期間の満了 当事者が明示・黙示の期間を定めず、単純に賃貸借の契約を締結することがあります。この場合には、当事者はいつでもその賃貸借を止めることができるかのようですが、法律は双方の意思を推定して、必ず一方より解約を申し入れ、その後、法律に定めた期間を満了するのでなければ、賃借権は消滅しないものとしました。第149条以下でこれを詳しく説明します。

 

61 以上の5つの場合には、賃借権は当然に消滅しますが、本条2項の場合にはそうではありません。裁判所で賃貸借の取消しを宣告することによってはじめて賃借権が消滅します。この場合には、第129条第2項・第131条第2項・第132条第139条第421条により、当事者の一方より賃貸借の解除を裁判所に請求したとき、賃貸または賃借人が無能力であること、その他承諾に瑕疵があることを理由として、第544条によって賃貸借の銷除を裁判所に請求したときに生じます。

 この2項の場合と第3号の場合とは、ともに裁判所の宣告を必要としますが、第3号の場合には、裁判所が直接に賃貸借の取消しを宣告するのではなく、賃貸人が前にその賃貸物の譲渡を受けたことが無効であることを宣告するにすぎません。これに対し、この2項の場合は、直接に賃貸借の取消しを宣告するものです。

*1:

1 賃借権は、次に掲げる事由によって消滅する。

 一 賃借物の全部の滅失

 二 賃借物の全部の公用徴収

 三 賃貸人に対する追奪又は賃貸物に存する賃貸人の権利の取消し ただし、その追奪及び取消しは、賃貸借契約以前の原因により、裁判所においてこれを宣告したときに限る。

 四 明示若しくは黙示に定めた期間の満了又は要約した解除条件の成就

 五 期間を定めなかったときは、解約申入れの告知の後、法律上の期間の満了

*2:前項に規定するもののほか、賃貸借は、条件の不履行その他法律に定める原因のため、当事者の一方の請求により、裁判所において宣告した取消しによって終了する。

財産編第144条【賃貸人の先買権】

賃貸人ハ賃貸借ノ終ニ於テ第百三十三条ニ依リテ賃借人ノ収去スルヲ得ヘキ建物及ヒ樹木ヲ先買スルコトヲ得此場合ニ於テハ第七十条ノ規定ヲ適用ス*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

54 賃借人は、その賃借地に建物を築造したり、樹木を栽植したりした場合には、賃貸借の終了時にこれを収去することができますが、場合によってはこれをそのまま売却したいと思うこともあるでしょう。そうする場合には、賃貸人にまず売買の権利を与えるのが相当です。国家の経済にとっても、賃借人・賃貸人双方にとっても利益があるからです。法律は第70条で用益者が用益地に築造した建物や栽植した樹木を売却しようとする場合には、虚有者にその先買権があるとしていました。賃貸借もまた多くの点で用益権に類似するだけでなく、この建物や樹木はこれを設けた人が異なっていても、それが他人の所有地に設けられたということは用益権の場合と異なるところはありません。そのため、本条で賃貸人にもまた先買権があることを確認しました。

 既に賃貸人に先買権があるとする以上は、賃借人より賃貸人に先買権を行使するかどうかについて催告をする等の手続をしなければなりません。この手続については用益権に関し既に第70条に詳細に規定してあるので、本条の場合にはその規定を適用すべきものとし、これにより重複を避けています。

*1:賃貸人は、賃貸借の終了時に、第133条により賃借人が収去することができる建物及び樹木を先買することができる。この場合においては、第70条の規定を適用する。

財産編第143条【賃貸人による訴追】

賃貸借ノ終ニ於テ賃借人カ賃借物ヲ返還セサルトキハ賃貸人ハ其選択ヲ以テ対人訴権又ハ物上訴権ニテ之ヲ訴追スルコトヲ得*1

 

【現行民法典対応規定】

なし

 

亀山貞義『民法正義 財産編第一部巻之二』(明治23年)

※以下は同書を現代語訳したものです。意訳した部分もあります。気になる部分については原文をご確認ください。

 

53 賃借人が賃貸借の終了時にその賃借物を返還しない場合には、賃貸人はどのような訴権を行使することができるのでしょうか。これが本条の規定するところです。

 わが法律は、賃借物が動産であると不動産であるとを問わず、賃借権を物権の1つとしていますので、賃借人がその賃借物を返還しない場合には、賃貸人は物上訴権によりこれを訴追し、その賃貸物の取戻しを求めることができるのは当然です。

 しかし、賃借権は物権であるとともに人権を兼ねるものなので、賃借人は賃貸人に対してその賃借物を返還すべき義務を負います。そのため、賃貸人は対人訴権によりこれを訴追することももとより妨げありません。

 このように、賃貸人は物上訴権によって取戻しを求めても、対人訴権によって返還を求めても、ともにその権限内にあるので、法律はそのいずれを選択しても賃貸人の自由だとしています。この訴権の選択は、事情によっては大いに賃貸人の利害に関係します。物上訴権で訴追する場合には、たとえ賃借人が無資力でも賃貸人は物上訴権の効力である優先権によりその物を取り戻すことができ、しかも他の債権者と分配するような不利益を受けることがないので、物上訴権で訴追するほうが賃貸人に最も利益があるでしょう。しかし、動産の賃貸借や不動産の賃貸借については、その物の所有権を証明するが多少難しいので、賃借人に十分な資力があるような場合には、対人訴権で訴追するほうが賃貸人のために利益があるでしょう。つまり、賃貸人はこれらの利益を考えてその選択をしなければなりません。

*1:賃貸借の終了時において、賃借人が賃借物を返還しないときは、賃貸人は、その選択により、対人訴権又は物上訴権によってこれを訴追することができる。